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ジュリエットの家からスカラ家の廊

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アディジェ川のほとりでバスを降り、ガイドさんの先導でロミオとジュリエットで有名な館へ向かいましたが、私は団体から離れ,アディジェ川越しに見える「サンピエトロの丘」を撮影した後に皆様を追いかけました。
狭い道路の両側に4~5階建てのベランダがある建物が並び、いかにも中世風の町並みの中にそのジュリエットの家はありました。
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上の写真は最初にジュリエットの家の表側を見学した時に撮影しました。
この表側を見学し、直ぐ横にある「スカラ家の廟」、「シニョーリ広場 」、「エルベ広場」を見学したこの町で一番賑やかなショッピングストリートのアレーナのあるブラ広場へと続くマッツィーニ通りから一旦左側の落書きが一杯の小路を入ってジュリエットの像がある中庭に出ました。
中庭へ抜ける道の壁の落書きは恋人同志がこの壁に名前を書くとその恋が成就するのだそうです。
下の小さな写真はジュリエットの像がある前で美男美女が記念写真を撮影していたので、像と一緒に撮影させて頂きました。
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下の写真右側の建物にあるバルコニーがロミオとジュリエットが愛を語り合ったかの有名な場所です。
説明によると・・・・・
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の物語は 13-14 世紀にヴェローナを二分していた教皇派(グェルフ)と皇帝派(ギべリン)の争いが原因で起こった悲劇だ。もともとは皇帝派の都市だったヴェローナは神聖ローマ帝国に対抗していた。教皇派として自主権を認めさせた後に、再び皇帝派に戻った歴史がある。ロミオの家である教皇派のモンテッキ(モンタギュー)家とジュリエットの家である皇帝派のカプレーティ家(キャピュレット家)の争いに巻き込まれた悲恋だそうです。

さて、ここのジュリエットのブロンズ像の右胸に触れば幸せな結婚ができるということで、観光客の皆様が次々に触っており、そのためオッパイはピカピカでした。
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スカラ家の廊
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「 スカラ家の廊」はジュリエットの家の表側を見学し、直ぐに左側に折れ「シニョーリ広場」に向かいますが、左側に折れた角地にあり、どちらかと言えばジュリエットの家の前と同じです。
ここは、スカラ家一族の墓廟であり、墓廟はスカラ家の紋章などで華やかに飾られたゴシック様式の構造で4角錐の屋根の上には騎士像が飾ってありました。
ここは逆光で綺麗な写真が撮影出来ませんでした。
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下の写真はシニョーリ広場からスカラ家の廟を撮影しました。
「ジュリエットの家」、「スカラ家の廟」、「シニョーリ広場 」、「エルベ広場」は殆ど続いて見学でき、その後の円形劇場アレーナまでも500m位の狭い場所にあります。
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まさゆき

  • Author:まさゆき
  • 釣り好きのまさゆきからテニス好きに変わり、相変わらずテニス好きのゆきえの合計年齢146歳に到達した夫婦ブログです。家庭菜園と飲む事は夫婦ともに大好きです。更に夫婦で安いツアー旅行にビール片手で出掛ける事が二人の至福の喜びでしたが、2017年12月末から愛犬ミルクが家族となり生活が一変しました。
    静岡市在住;