
掛川市役所近隣の
寒桜を見学した後、我々3人は昼食をとり初めて
掛川城を見学しました。
ここは小高い岡を利用し小さな
天守閣がそびえており、天気も良くそれなりに様になっていました。
掛川城は、
山内一豊築城当時の天守を正保城絵図に基づいて、木造で復元され、
天守閣の最上部で説明をしていた方によると当時の総工費は10億円であったと言っていました。鉄筋コンクリートで作ればその半額以下で出来るようですが、地元では木造に拘ったそうです。


確かに中に入り良く見ると、こんなに大きな木がどこにあっのかと思うような柱で組み立てられており、がっしりとして風格があり品がありました。
義母は足が弱って来ていますが、何とか一段の高さが高く急な階段を我々夫婦が前後で支え
天守閣の最上階に到達しました。
ここは岡の上にあり見晴らしが良く、掛川市内が一望出来ました。


「
掛川城天守閣の特徴について」ネットで検索しました。
掛川城天守閣は、外観三層、内部四階から成ります。
六間けん×五間(約12m×10m)の天守閣本体は、決して大きなものではありませんが、東西に張り出し部を設けたり、入口に付櫓つけやぐらを設けたりして外観を大きく複雑に見せています。
一階、二階に比べ四階の望楼ぼうろう部が極端に小さいのは、殿舎でんしゃの上に物見のための望楼を載せた出現期の天守閣のなごりといえます。
白漆喰しろしっくい塗り籠ごめの真白な外容は、京都聚楽第じゅらくていの建物を、黒塗りの廻縁まわりぶち・高欄こうらんは大阪城天守閣にならったと見られます。

「鯱
しゃち(
掛川城天守閣据付け原寸大複製)について」ネットで検索しました。
鯱しゃちは想像上の海魚かいぎょで、火除けのまじないとされ、古代寺院などの大棟おおむねの両端に取り付けられていた鴟尾しびから変化したものと考えられます。
掛川城天守閣では、袋井市ふくろいし油山寺ゆさんじの山門さんもん(掛川城玄関下御門を移築)の鯱を参考に、高知城天守閣の鯱にならって青銅で作られました。
寸法
長さ95センチメートル
幅35センチメートル
高さ120センチメートル
重量
200キログラム

「
掛川城最古の貴重な建築物「二の丸御殿」について」ネットで検索しました。
二の丸御殿は嘉永7年(1854)の大地震の後に建造されたもので、掛川城最古の建築物として知られています。当時は、城主の居所や藩の政庁、諸役所の機能を合わせた役割を果たしました。現存する城郭御殿として、全国的にも貴重な建築物で、昭和55年(1980)には国の重要文化財の指定を受けました。平成によみがえった天守閣とともに、掛川城のシンボル的存在として親しまれています。
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- 2007/11/30(金) 22:03:03|
- 名所|
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我家の
ジャンガリアンハムスターの「ハミー」はメスであると表示があり購入しましたが、オスの間違いでした。
購入し既に10ヶ月経過し今は可愛い盛りですが、今まで飼育した
ハムスターのメスと違い食欲が旺盛です。
我々が夕食を取ると時に、惣菜の中から「ハミー」の好みそうな物を与えると、一旦のっそりとメロンハウスから出て少し食べるとまた部屋へ戻ってしまいます。

夜9時頃から「ハミー」の運動が始まります。回転車で遊び更に2階に登ったり降りたりしてじっとしていません。
こうなると餌を与えても全く無視して遊び続けます。
しかし我々が寝た後で残った餌を朝までに全て食べてあります。
私は朝5時頃起きて居間の電気を付け「ハミー」を見ると、私のいる方向に来て餌をねだります。
私は「ハミー」を手にとって朝は「ヒマワリ」の種を1粒1粒与えます。この頃は1回で10粒以上を頬袋に入れてしまい、更に欲しいと要求します。
際限なく要求しますので勿論途中でやめますが。
この頃寒くなり本能的に冬眠をする用意をしているのかも知れません。
丸々太った我家の可愛い「ハミー」を見て下さい。
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- 2007/11/29(木) 20:16:12|
- ハムスター|
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勤労感謝の日に妻と義母の3人で「掛川に
寒桜」が咲いてるとの話を聞いて、静岡から時間の余裕もありノンビリと国道1号線バイパスで出掛けました。
このバイパスは昨年位までは途中有料道路になっている場所もありましたが、現在は全線無料化されています。
掛川は今年も菖蒲が咲く頃に「
加茂荘花菖蒲園」にも行きましたので、少しは道路も理解しておりましたが、その時は東名高速を利用しました。
さて、
寒桜は妻がローカルテレビで
掛川市役所の近くに
寒桜があると放映されたものを見て、突然見学に出掛ける事になりました。

私も過去に
掛川市役所は訪れた事があり市役所は直ぐに分かりました、が
寒桜が見つかりません。
市役所の裏側に回って、まだ小さな桜の並木に花が咲いているのを見かけました。
我々以外にこの
寒桜を見学している人はだれ一人おりませんでした。
桜は勿論桜で一輪一輪綺麗に咲いていましたが、春のお花見とは違い、我々だけで桜を見るのは何か寂しい感じがしました。

但し、この日は天気も良く春咲く桜と何も違う事がないのに、春咲く桜の頃と違いあまり感動が湧きませんでした。
これは、寒い冬が終わり、いよいよ明るい花の咲き乱れる素晴らしい季節が到来するぞと咲き出す桜と、これから寒い暗い冬が来ると告げる桜との違いであると思いました。

この花は、ジュウガツザクラ(
十月桜)と言って冬と春2回花が咲く桜だそうです。
上の写真のように硬い蕾を付けているものもあり、この蕾はこの時期に咲くのか来年の春に咲くのか分りません。
この小さな桜の並木は花を付けている桜と全く花を付けていない桜と交互に植えられていました。
これから毎年毎年大きくなり
寒桜の名所になる事でしょう。

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- 2007/11/27(火) 21:09:06|
- 花|
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「桃栗3年柿8年、
柚子の大馬鹿18年」と言われる我家の
柚子がここに来て一気に黄色く色付いて来ました。
例年は実が黄色くなる前に「あおゆづ」として一部収穫していましたが、今年は「あおゆづ」の時期には収穫せず、「きゆづ」として収穫します。
昨年も沢山の実を付けた為、今年は裏年で収穫は難しいと予想していましたが、昨年と同じ位の収穫ができそうです。


冬至に「
柚子」を浴槽に浮かべる「
ゆず湯」という風習がありますが、今年は黄
柚子を知人に配っても配り切れないと思いますので我家でも「
ゆず湯」を試して見たいと思っています。
「
ゆず湯」には風邪を防ぎ、皮膚を強くする効果があり、「
柚子」の香りにはリラクゼーション効果もあるそうで食べて浮かべて、心身を癒したいと思っています。
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- 2007/11/26(月) 20:25:39|
- 家庭菜園|
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今年初めて
タチウオ釣りに先輩の船に乗せて頂き出掛けました。
昨日は大潮で先輩の船は巴川(清水港の一部として係船料も必要)に係留してあり、満潮では船が橋の下を通過する事が出来ず7時前に潮位をみましたがまだ高く、清水に新しく出来た「かめや釣具」で時間を潰して7時半頃出船しました。
昨日は天気予報も最高で風もなく晴れて暖かくて絶好のコンデションで胸を高鳴らせて安倍川沖に向かいました。


清水港を出る時に興津川沖で
タチウオ釣りをしている大きな船団を見ましたが、そちらは目もくれず一路安倍川沖へ向かう事に。
先輩は一昨日興津川沖及び薩埵峠沖で
タチウオを狙ったそうですが、数匹しか釣れなかったようです。
途中、三保の飛行場前の深場でも
タチウオを狙う船が数艘いました。
三保沖の漁礁が入っているタイ場は、船の数が普段と違い極めて少なくそれも散らばっていました。最近はあまり釣れていないようです。
巴川から安倍川までは距離があり、車で行っても30〜40分掛かる場所で、清水港を出て三保半島をぐるりと回り、羽衣の松・駒込・久能・高松・大谷海岸等を見ながら9時頃安倍川沖に到着しました。


途中、清水南高沖・久能沖・大谷川沖等アジ・タイのポイントには船を一艘も見かけず何か胸騒ぎがし、安倍川沖の
タチウオを狙う船は皆無で前日従兄弟の敏ちゃんの話が心配になりました。
しかし、魚群探知機では
タチウオの影があり竿を出しましたが、影があるポイントは狭く、流れもあり釣りになりませんでした。
釣り易い場所に移動しましたが、
タチウオの影がなく、敏ちゃんが最後に行った
用宗沖に向かいました。
10時過ぎに到着し、ここで初めて
タチウオを狙っている船を7〜8艘見かけて一安心、魚群探知機で130m位の位置に
タチウオの影を見つけ何とか落ち着いて竿を出す事が出来ました。


ここに到着した時はベタ凪で数艘の船が
アンカーを入れて釣っている為、我々も
アンカーを入れて釣る事にしました。
先輩はいつも操船しながらの釣りをしており大変ご迷惑を掛けていますが、
アンカーを入れてよい場所での釣りは気が楽でノンビリと釣りに専念できます。
竿を出した時は最高のコンデションで1時位まで釣りをしても橋の下を船が通過出来るからと3時間位じっくりと釣るつもりでした。
しかし12時前から南風が吹き出し白波が立ち始めた為、清水港までには距離があり早々に
アンカーを上げて逃げ出しました。
さて、今年は
タチウオが小さく指2本が多いと言われているそうですが、先輩は私が年賀状で見せびらかした指5本超の超大物が2本も釣れ感激していました。
先輩は超大物を含め良型の
タチウオを私の倍以上釣られましたが、私は7本だけでした。
タチウオが掛かるといつも通り電動リールを高速にして一気に巻き上げますが、今回は私が2回、先輩が1回
タチウオの影を見てからバラシてしまいました。
1回は海面で外れ
タチウオが海面に浮いてプカプカ流れて行ってしまいましたが、
アンカーを入れてあり網で取り込む事も出来ませんでした。
船上に取り込んでから自然に外れてしまうものもあり不思議でした。
前日スーパーで1匹68円で買った
サンマ5匹も半分くらい残り、待っていた
カモメ達に上げて来ました。

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- 2007/11/25(日) 17:52:46|
- 釣り|
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ホテルリステル猪苗代を朝バスで出発し一路「
袋田の滝」を目指しました。
今回のツアーで最も期待していた「
袋田の滝」は茨城県大子町袋田にあり、近くに観光スポットがなく我々には、なかなか訪れるチャンスがありませんでした。
「
袋田の滝」は長さ120m幅73mで冬は凍結しテレビ等で凍った滝をロッククライミングする姿が放映されたりする有名な滝で以前から是非訪れて見たいと思っていました。


この滝は駐車場があり土産物屋が並ぶ場所から山を1つ越えた所にある為、駐車場から300m位歩いて最後は有料の歩行者専用の
トンネルを約300m歩き漸く滝の音が聞こえて来ます。
段々大きくなる滝の音を聞きながら最後は
トンネルの中から外を見ると見える範囲全面に凄い勢いで水が落ちており「ウァー凄い凄い」と皆さんが一斉に感嘆の声を発していました。
私も大いに感動し何枚もシャッターを切りました。水飛沫が飛んで来るためレンズを拭きながら撮影をしました。


我々がここを訪れたのは11月1日で既に
紅葉が始まっており、最高の時期に観光する事が出来、天気にも恵まれ日本一の滝を見る事が出来、幸せな気分になりました。
この滝は「
那智の滝」や「
華厳の滝」のように上から一気に落ち込んでいる滝ではなく、4段になってそれぞれが幅広い大きな岩の面を滑るように流れ落ちています。
黒い岩と白い水のコントラストに加え
紅葉がアクセントになり最高の見ごろとなっていました。


上の写真の真ん中にある展望台が、最初に
トンネルから出て豪快な滝を見た所です。
もし
トンネルがなければ、4段に落ちる「
袋田の滝」を正面から見る事はできす、豪快さ素晴らしさは半減してしまうと思いました。


少しぼやけていますが、つり橋の向こうに「
袋田の滝」が見え、その向この山は
紅葉しており素晴らしい本当に良い季節に観光が出来たものだと神様に感謝をしました。
この同じツアーは2ヶ月位の間で何本も用意されていましたが、日光・
華厳の滝・会津・裏磐梯等全て
紅葉に彩られ、この日程を選んだ我々の読みが大当たりであったとつくづく自分達のラッキーさを痛感しています。


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- 2007/11/23(金) 05:33:34|
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我々は裏磐梯五色沼を見学した後2日目の宿である、ホテルリステル猪苗代に夕闇迫る頃到着しました。
ここからは
猪苗代湖が一望でき、反対側はスキー場やテニスコートが併設されたリゾートホテルで第24回育樹祭には皇太子ご夫妻が2泊されたホテルのようです。
上の
猪苗代湖はバスの車窓から撮影しました。
バスガイドさんの説明によるとこの
猪苗代湖は
水質が日本一であり、「水清くして魚住まず」の例え通りこの湖には魚が少ないそうです。

上の写真は裏磐梯からホテルに向かう途中、
夕日が沈む時に
夕日の右側地平線の少し上に五色に光る「
彩雲」が出ました。
私のデジカメで撮影し、しかも動いているバスの中で望遠も使用できず、この写真を見ても極彩色に光る「
彩雲」は分りませんね。

上下の写真はホテルの部屋からビールを飲みながら撮影した
猪苗代湖の夕焼けです。

下の写真は翌朝バスの車窓から物凄い数の稲村の向こうに見える
猪苗代湖を撮影しました。
猪苗代湖の説明は下のread moreをクリックして下さい。
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- 2007/11/22(木) 05:25:26|
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我家のサザンカにいつの間にか花が咲いており、ビックリしました。
勿論、静岡では既に花が咲いているサザンカを見る事が出来ますが、日当たりの悪い我家のサザンカも咲き出しました。
このサザンカは我家の西側垣根沿いに植えてあり、垣根を乗り越えて人の敷地に越境した枝を今年の初夏に一気に切り取りました。
サザンカの選定は私が適当にいい加減な時期に選定する箇所も分らず行っている為、どうも形が悪く花の付きも良くありません。


但し、このサザンカの花の蜜を目指して「メジロ」や「ヒヨドリ」が毎年遊びに来てくれます。
可愛い「メジロ」が今年も遊びに来てくれる事を願っていますが、以前意地悪な「ヒヨドリ」は敬遠したい、とこのブログに書いた所、一部の人から非難された事があり「ヒヨドリ」も歓迎します。
やはり庭に遊びに来る鳥達は、順番がありまず「スズメ」が偵察に来て安全を確認した後、色々の鳥達が訪れるようです。
好きな鳥だけを呼び寄せる事は難しいようですね。
これから当分「メジロ」を初めとした鳥達が遊びに来てくれる事を期待し、ミカンを用意したいと思っています。

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- 2007/11/21(水) 05:31:51|
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会津若松城を
観光した後、
磐梯山を猪苗代湖を見ながら後ろに回り込み
裏磐梯五色沼に到着しました。
午後の3時過ぎに到着した為、
磐梯山を眺めると丁度逆光になり私のデジカメでは写真撮影が難しくなりました。
私が40年前友達とここを
観光した時は、この
五色沼が朝霧で覆われた白黒の写真があり、この近くに泊まった事は間違いないと思いますがハッキリ思い出せません。


今回は
紅葉が真っ盛りで最高の時期に
観光出来,感激しました。
五色沼の色と
紅葉の色のコントラストが何とも言えない絶妙なバランスで、気持ちを清清しく爽快にさせてくれました。
もう少し早い時間に到着してくれれば更に素晴らしい光景が見られたかも知れませんが贅沢はいえませんね。

この裏磐梯五色沼は明治21年(1888年7月15日)、磐梯山が大噴火を起こし、北側の 標高500メートル以上が崩れて飛散し、 その巨大な土石流により 磐梯山北側にあった部落が土砂の下に埋まり 小野川、中津川、長瀬川を堰き止められ五色沼、桧原湖、小野川湖など 大小約300もの湖沼群が出来たと説明がありました。
写真を何枚も公開しますが、素晴らしい
紅葉を味わってください。

裏磐梯五色沼の説明は続きをご覧下さい。
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- 2007/11/20(火) 05:29:53|
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以前、島田のバラ園で購入したバラの苗2本を2ヶ月くらい前に丸坊主にし知人に教えて頂いた大きな四角の鉢に植替えました。
バラの管理の仕方を殆ど知らない我家ですが、今までも自然に1年に何回かは花が咲いていたと思います。
しかし、今年の春テニスを一緒にしている先輩のお宅のバラ園を拝見し、大きな色々の種類の花が咲き乱れ、良い香りさせているバラを見事に管理されている様子に圧倒されました。


この為、我家でも少しバラの育成に注力すべく、まずは大きな鉢に植え替えてみました。
やはり鉢を大きくした効果は絶大で、一度殆ど丸坊主にしたにもかかわらず、少し残った枝から芽を出し葉を広げ蕾がつき、花が一輪咲き出しました。
もう一つ蕾が付いておりまた咲き出すものと楽しみにしています。

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- 2007/11/18(日) 09:46:35|
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鬼怒川温泉から紅葉の「塔のへつり」を観光した後、白虎隊飯盛山の下の土産物屋で昼食をとり、白虎隊の隊員に扮したお姉さんの案内で楽しく観光し、
会津若松城へ到着しました。
私はこの城を
会津鶴ヶ城と言っていましたが、全国的には
会津若松城と呼ばれることも多いそうで、地元で一般的に
鶴ヶ城と言われているそうです。
ここに到着した時は天候が素晴らしく若干雲が出て、大きく雄大なお城が眩しく光って見えました。


私は40年前に友達と東山温泉に泊まり
裏磐梯・野口記念館等旅をした事がありますが、この城を見たか覚えていません。
この城は大きく金のシャチホコで有名の名古屋城と同じくらいの大きさに見えました。
ここは外堀から中に入るまでの間には紅葉した木々が沢山ありましたが、中に入ると奇麗に整備され青々とした松が目立つ公園となり、写真は松越しに城を撮影する事になりました。
撮影した写真を見ると絵葉書のように奇麗に写ってしまい、何か面白みの無い写真ですが何枚か公開します。


このお城の内部は博物館になっており、階段を順に昇って行きます。
今度の旅行でも、東洋人特に中国の若い旅行者の方だと思いますが、多く観光されているのに驚きます。
日本人の旅行者は我々のような年寄りが多く見られますが、中国の皆様はお歳よりは見られず若い溌剌とした方が殆んどです。
城の中の博物館で日本人は素通りしてしまう所も、全てに興味を持ち積極的に触ったり近くに行って覗きこんだりしていました。


お城の天守閣からは
会津磐梯山が紅葉の木々越しに望む事が出来ました。
我々はこの後この
磐梯山の裏側へ回り込み
裏磐梯の五色沼等を観光しました。


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- 2007/11/17(土) 06:29:33|
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琉球朝顔は大きくなり過ぎて、早めに撤去し根だけを残してありますが、2株だけ挿し木で植木
鉢にも残しました。
その植木
鉢に移し変えた株に一輪花が付きました。
一日に多い時では200個位沢山咲いた花が、一輪だけ咲くとなかなか
清楚で普通の朝顔と変らず感動しました。
この程度の大きさに止まってくれれば
琉球朝顔も素晴らしいと思いますが?


今年はこの2
鉢をしっかり見守り越冬させ、一方
地植えの大株は枝を切っても生命力が強く何もしなくても来年も芽を出す勢いです。
来年、なってから
鉢だけにするか、
地植えの
琉球朝顔も大きくするか考えたいと思っています。

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- 2007/11/16(金) 05:35:35|
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日曜日に地元町内会の「
防災訓練」に
参加して来ました。
私は
東海地震に関心があり、このブログにも
東海地震に関し何回も書いて来ました。
東海地震が石橋教授により注目されてから、早くも30年になるそうです。
地元の皆様も関心が低くなりつつありましたが、最近中越沖地震や地元以外で被害を伴う地震が度々発生しており、最近では静岡県で補助金が出る自宅の耐震補強工事をするお宅が増加しているそうです。


地元の
防災訓練には
参加者がどこの地区でも減少しているようで、指導に来てくれた消防署の皆様も、
参加する人は役員の人達が多いと嘆いていました。
私は転勤族で地元の貢献活動をなにもしてこない為、このような催しには積極的に
参加したいと思っています。


いつもの通り、毎年忘れる
三角巾の使い方を習い、水が出る
消火器を体験し、我家にもある発電機を指導させ、担架を運び重さを知り、起震車で震度7を体験し、最後に炊き出しのオニギリを頂き、期限の来たカンパン等を貰って帰って来ました。


地震は間違いなく来るので是非一人でも多く皆様が
参加して頂きたいとおもいます。
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- 2007/11/14(水) 23:48:30|
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「塔のへつり」を観光し、そこから1時間半位で会津盆地の
白虎隊の墓がある「
飯盛山」を観光しました。
白虎隊の墓は小高い岡の上にあり石段がありますが、我々年寄りツアーグループは一人を除き石段の横に併設された有料のエスカレーターで上がりました。
ここの案内は入口にある土産物屋の美人お姉さんが
白虎隊の隊員に扮し、元気溌剌と地元の方言を駆使しユーモアを交え言葉巧みに案内をして頂きました。


元気な美人お姉さんの説明によると「
飯盛山」という名前の由来は、この山が飯を盛ったような形なので、この名前が付けられたそうです。
戊辰戦争(会津戦争)時、会津藩の少年たちで構成される
白虎隊士中二番隊が、戸ノ口原の戦いでの奮戦空しく撤退する際、この地で鶴ヶ城周辺の武家屋敷等が燃えているのを落城と錯覚し、もはや帰るところもないと自刃した地でもあり「
白虎隊十九士の墓」には、年間200万人ともいわれる観光客が訪れ、墓前には早すぎる死を悼む香煙がたえないそうです。


小さなお堂には
自害した
白虎隊の一人の血に染まった袴の一部が額に入って展示されていました。
きっとお姉さんの説明がないと分かりませんね。


<この山の中腹には、日本では大変珍しい木造建築物栄螺堂(
さざえどう)(旧正宗寺三匝堂)があります。
本当にサザエのような形をしており、中心の柱を螺旋状に上り下りて来ると同じ道を通らず抜けられるという仕組みで、国の重要文化財に指定されており、これ目当てで観光に来る客も多いそうです。


上の写真は猪苗代湖の水を引き込んでいる疎水があり、
白虎隊はこの疎水の真っ暗なトンネルを抜けてここまで落ち延びて来て、鶴ケ城の近くの武家屋敷が燃えているのを城が燃えていると勘違いし
自害した場所です。

上のお宅はこの
飯盛山を所有する地主さんの家だそうです。
これだけの観光客が来ればもう少し立派な家を建てられるのではないかと思いましたが?
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- 2007/11/13(火) 21:29:34|
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私より5歳年長の先輩が主催する「第10回
ハーモニカチャリティコンサート」へ土曜日の昼間行って来ました。
10年前に静岡の高松にある「マッケンジー邸」で行なわれたコンサートを皮切りに既に10回目となったそうで驚いています。
この先輩は
ハーモニカを独学で学び、
ハーモニカの世界大会や全日本のソロ部門でも2位になった大変な実績のある先輩です。
毎年70回以上も
ボランティアで病院や老人施設等で演奏活動を続けられ、
酒が大好きで人柄は私が知る限りこれ以上の人は見た事がないほどの素晴らしい人です。


私が誇りとする、その有名な
ハーモニカ奏者は石川圭之さんです。
我々は先輩を含めた40年前に同じ職場で仕事をした皆様と年2回
酒を酌み交わしていますが、これは石川先輩と同じく皆様が
酒が好きで人柄が良く気持ちが良い人が揃っており続いているのだと思います。

さて、コンサートは今回も盛況で
ハーモニカの色々なグループに加え今回は静岡英和女学院の
ハンドベル部の皆様が賛助出演してくれ、大勢の皆様で一糸乱れぬ演奏に感動しました。
指揮者を置かず、1曲毎にメンバーを入れ替え、1曲14名位で演奏される姿は見事でした。
単純にベルを鳴らすだけでなく、ベルの鳴らし方にも色々とテクニックがあるようで、曲の間に生徒の皆様から具体的に説明がありました。
総勢30名のメンバーだそうですが、良くまとまったクラブであると思いました。
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- 2007/11/12(月) 18:39:53|
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私は「
塔のへつり」と言う景勝地をこのツアー旅行で初めて知りました。
鬼怒川温泉に泊まり、バスで素晴らしい
紅葉の山並みを見ながら
会津の
飯盛山へ向かう途中に、この「
塔のへつり」を観光しました。
この場所は福島県下郷町にあり、南
会津を流れる大川が形成する渓谷に位置しているそうです。
私も全く知らない場所であり、土産物屋も殆どないのではと思っていましたが、予想に反しかなりの土産物屋さんが軒を並べていました。

ネットの説明によると:大川羽鳥県立公園、大川ラインの一番の景勝地であり、百万年の歳月をかけて、浸食と風化を繰り返し見事な景観を創り、初夏、藤の花と白い岩肌の織りなす眺めは、まさに一幅の名画となっておりますとありました。。
我々が訪れた
紅葉の季節でもその素晴らしい景観に感動しました。

私は「へつり」と言う言葉を初めて聞きました。
説明によると、地元の方言で険しい崖のことであり、川岸が切り立った崖となっている所の事を言うそうです。
ネットの説明:
全長200mにわたって、大規模な奇岩が整列している。主なものには屏風岩、烏帽子岩、護摩塔岩、九輪塔岩、櫓塔岩、獅子塔岩、鷲塔岩などがあり、吊橋をわたって奇岩を巡ることが出来る。一帯は樹木に覆われており、新緑や紅葉の頃は一際美しい。
私には岩の名前を説明する事は出来ませんが、写真をご覧下さい。


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- 2007/11/11(日) 08:39:47|
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今回のツアー旅行の目玉は、
紅葉を見る事と「日本三代名瀑」に数えられる、「
華厳の滝」と「
袋田の滝」を観光する事でした。
私は和歌山県の「
那智の滝」は何回も見る機会に恵まれましたが、今回の
華厳の滝と
袋田の滝は初めて見る事になります。
中禅寺湖を観光した後、まずはその直ぐ近くにある「
華厳の滝」を観光しました。
中禅寺湖の水が約100メートルの断崖を一気に流れ落ちる姿は丁度
水量が多い時期でスケールが大きく豪快で見事な姿を見る事が出来ました。
華厳の滝は、
水量の増す梅雨時期と
紅葉期がより美しく見ごろであると説明があり良い時期に観光出来たものだと感激しました。


我々は観光する時間も限られていた為、残念ながら滝つぼに降りるエレベーターに乗る時間はありませんでした。
しかし、上の展望台からも十分「
華厳の滝」と「
紅葉」を楽しむ事が出来ました。


滝の上部には霧が発生し、観光時間が夕方近くなっており少し暗い感じがするのは残念でした。

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- 2007/11/10(土) 05:55:43|
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私は現在何でも食べますし特に酒の肴には下手物と言われる物が大好きです。
私はこの歳になり食べ物で嫌いなものは殆どありませんが、今でも苦手な物は静岡にいながらミカンを初めとする
果物はあまり好きではありません。
但し、味が嫌いと言う訳ではなく、
果物の皮を剥いたり、種を出したりするのが面倒なだけで、
果物を口まで運んでくれれば何とか食べる事は出来ます。
私の一番嫌いな食べ物は、
果物とはいえませんが
スイカは未だに大嫌いであり何十年も口にした事もありません。それに加えて人参を煮たものが嫌いです。
子供の頃は
野菜が全て嫌いであり、特に
野菜の煮た物は本当に食べる事が出来ず、小学校の給食の苦しみは今思い出しても大変な苦労でした。
嫌いな
野菜の煮物が出ても先生の指示で給食を全て食べ終わるまで一人残され、教室の掃除の時間になっても私だけ無理やり食べさせられていた光景を思い出します。
その大嫌いな
野菜の煮物を食べる事が出来るようになったのは、おでん屋で酒を飲みながら嫌いな大根を食べ、おでんの大根は美味しいと感じた瞬間からでした。


話は横道に反れましたが、今度の旅行で「
鮎うるか」を購入して来ました。
簡単に言えば鮎のハラワタを塩漬けにした
塩辛ですが、我々が行くスーパー等には販売されておらず珍しく購入してしまいました。
ビン詰めで販売され「粒ウニ」に似ていましたが、食べても「粒ウニ」に似ており何か寂しい気持ちになりました。
下手物を醗酵させると皆同じような味になってしまうのかも知れません。
私の従兄弟は鮎釣りが得意であり鮎の腸だけを頂き、自分で
鮎うるかを作って見たくなりました。
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- 2007/11/08(木) 18:56:26|
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10月30日の朝新幹線で静岡を出発し、昼過ぎに日光東照宮を観光した後、我々のバスは「いろは坂」を登り
中禅寺湖・華厳の滝を目指しました。
この旅行で唯一
中禅寺湖へ到着した時は天候が思わしくなく、曇っており
男体山を見る事が出来ませんでした。
この
中禅寺湖は、周囲約25キロ、最大水深163メートル、日光を代表する湖で、水面の海抜高度1269メートルは、日本一の高さを誇るそうです。
約2万年もの昔、
男体山の噴火による溶岩で渓谷がせき止められ、原形ができたそうです。


バスガイドさんは途中の
紅葉の状況から
中禅寺湖は
紅葉が終わっているかも知れないと心配していましたが、ドウダンツツジを初めまだまだ
紅葉を楽しむ事が出来ました。
ここには「
サルに注意」の看板があり、ニュースで女性が持っている物を
サルが引ったくる姿が放映されていたのを思い出しました。
現在はなぜか
サルが減っているそうです。

中禅寺湖には、明治時代からヒメマス、ニジマスなどの魚が放流され、いまでは日本有数の釣り場でもあるそうです。
我々が観光している時もボートや岸から釣りをされている皆様が沢山おり、聞いてみると「
ワカサギ」を釣っているそうです。
私は普段「海釣り」をしますが、釣りには何でも興味がありしばらく釣りの状況を眺めていました。
岸からでも結構「
ワカサギ」が釣れてバケツの中で元気に泳ぎ回っていました。
海の魚はバケツに入れても直ぐに死んでしまう魚が多いのですが、「
ワカサギ」の生命力には驚きました。



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- 2007/11/07(水) 18:46:20|
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先日、静岡の「
梅ケ島コンヤの里」へテニスで遊びに行った際、「赤水の滝」に立ち寄り、そこで普段あまり見かけない「
オニアザミ」を見つけました。
写真の通り
花が大きく首をタレ下げグロテスクで、私が知る
ノアザミとはイメージが大きく違いました。
安倍川の土手に咲く「
ノアザミ」は、草むらの中でも上を向き目立つ存在でありながら、清楚で品があり私は大好きな
花です。


この「
オニアザミ」は可愛い「
ノアザミ」の蕾と比較すると恐ろしい感じの蕾に見えます。
見るからに棘が鋭く
花を見て心が和む感じにはなりません。
遠くから眺めるだけで、近づいて見る
花ではない様に思います。
色は紫で奇麗ですがギザギザの葉から棘のある茎、ツンツンした蕾には
花の持つ可憐さ可愛さ淑やかさは微塵も感じる事が出来ない可哀想な
花です。

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- 2007/11/06(火) 18:50:35|
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10月30日より「
紅葉の
日光・会津・裏磐梯・袋田の滝を巡るツアー」で最初に訪れたのが、
日光東照宮でした。
境内に入ると真っ赤に
紅葉した「もみじ」があったりして、
紅葉狩りには最高の時期に観光でき感激しました。
大変有名な観光地でありながら静岡にいる我々には以外に
日光へ行く機会は少ない所です。私はここを訪れたのは今回を含めたった2回目です。
ここは静岡市の久能山
東照宮から
徳川家康公の霊廟が移された場所で、静岡とは大変繋がりの深い場所です。
東照宮を案内される方から、静岡からなぜこの場所
日光に移されたかその理由を聞きました。
静岡の久能山から富士山を見てその延長線上に
日光があるのだそうです。
冗談が多く面白い案内人で本当の事か疑心暗鬼で、我家に帰ってから日本地図で確認すると何と本当にピッタリと合いビックリしました。


元和2年(1616年)4月17日、
徳川家康は駿府(静岡)で死去し、遺骸は遺命により直ちに駿河国の久能山へ葬られた(久能山
東照宮)が、翌元和3年に下野国
日光へ改葬された。
この
日光東照宮は、
徳川家康公の霊廟として元和3年(1617年)に創建され、現在の主要な社殿は、寛永13年(1636年)、三代将軍徳川家光公により大掛かりな造営が行われたものだそうです。
この
東照宮の建築により、日本の代表的な神社建築様式である「権現造」が完成し、また、彫刻や彩色などの建築装飾についても、当時の最高水準の技術が用いられ、本殿・石の間・拝殿、
陽明門など8棟が国宝に、34棟が重要文化財に指定されているそうです。

以下はネットで検索した説明です。
五重塔は、慶安3年(1650年)に造営されたが、文化12年(1815年)に焼失し、文政元年(1818年)に再建されたものである。この塔は、心柱を第四層目から吊り下げ、その下部は礎石上にのらず約10cm程遊離させ、塔の重心を常に中心から外れないようにする力学的な構造が採用されるなど、風害や地震の対策が施されている。


表門を入ると右から正面へ鉤の手-かぎのて-に3棟が並ぶ。右から下神庫-しもじんこ-・中神庫-なかじんこ-・上神庫-かみじんこ-。奈良の正倉院に代表される校倉造り-あぜくらづくり-を模した建物で、春秋の渡御祭-とぎょさい-(百物揃千人行列-ひゃくものぞろえせんにんぎょうれつ-)の1200人分の装束や流鏑馬-やぶさめ-の道具などが収蔵されている。春秋の祭りの1週間ほど前から準備のため扉を開けるので内部をのぞける。
上神庫の妻-つま-(側面)に2頭の大きな象の彫刻があるが、耳の付き方や尻尾-しっぽ-の形が実際とは異なる。東照宮建立時のいわばアート・ディ レクターのチーフだった狩野探幽-かのうたんゆう-が、実物を知らずに想像で彫刻の下絵を描いたことから、「想像の象」と呼ばれている。


神厩は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、間仕切り、欄間の変更があったが、他には全く後世の形式変更はない。神厩は、東照宮建築のなかで唯一の素木づくりで、当時の武家の殿舎に用いられた書院造の馬屋の形式にのっとっている。現存する大型の神厩建築の唯一の遺構となっている。
猿は馬の守り神と言われていました。日光東照宮の神厩舎には猿の誕生から妊娠までの一生が描かれ、 その中でも「見ざる言わざる聞かざる」の「三猿」が有名です。


日光で最も有名な建築である陽明門は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替え、塗装の塗替があったが、彫刻や主要化粧部材は創建のままである。東照宮建築群の中でも最も彫刻などの建築装飾に優れた建物である。彫刻においては、建築構造部材であるべきものの一部を彫刻化したり、構造部材の表面に大規模な彫刻を取り付けたり、羽目板の表面に多数の彫刻を取り付けたりしている。また、漆塗、彩色、飾金具による建築装飾技法が、その表現の特性、耐久性に応じて使い分けられている。


正面及び背面唐門は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替えがあったが、他には全く後世の形式変更はない。正面唐門は、屋根の四方の軒を唐破風形とし、地紋彫、象嵌や屋根の銅製彫刻など、構造、技巧に優れた技術が見られる。

東回廊の奥社-おくしゃ-参道入り口にある。左甚五郎-ひだりじんごろう-の作と伝えられ、東照宮の数ある彫刻のなかで最も有名な彫刻だ。
眠り猫の真裏に雀-すずめ-の彫刻がある。猫が起きていれば雀は食われてしまうが、東照宮では猫も居眠りして雀と共存共栄。戦乱が治まり、平和な時代がやってきたことを表しているという解釈もある。
