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ドイツ・スイス・フランスへツアー旅行に(NO1)

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上下はドイツのノイシュパンシュタイン城の写真です。

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平成24年10月26日からドイツ・スイス・フランスを巡るツアー旅行へ夫婦で参加して来ました。
今回も天候に恵まれ秋から冬景色を見る事ができ、忙しい旅でしたが観光スポット、食事も充実し楽しい旅となりました。
このツアーは過去にも参加しようと思いましたが、アイルランド火山が噴火ヨーロッパの飛行機事情が混乱しツアーをキャンセルし、いくら滞在期間が延びても安心出来る退職後まで待って再度の申し込みとなりました。
更に、前回イタリア旅行の際に夫婦2個のスーツケースが5日間も紛失し大変苦労した事があり、今回は手荷物を大幅に増やし万全の態勢で望みましたが今回は無事スーツケースも運ばれ安心しました。
しかし、カメラが災難に会い少し困りました。
初日にデジカメを落として壊し、一眼レフもオートフォーカスの調子が良くなかったうえに、スイスの登山鉄道で座席から落としモニターが見えなくなってしまいました。
モニターが見えないと撮影した写真も勿論確認出来ませんが、カメラのセット状況が分からずISOモードも可笑しくなり、自宅に戻り撮影状況を確認するまで心配しました。
暗い場所での撮影は出来ませんでしたが、明るい所は何とか撮影が出来ており安心しました。
万一のため、持参したビデオカメラでもビデオ以外に写真を撮影しました。
これから撮影した映像を整理し徐々に公開して行きたいと思っています。
昨日帰国し明日朝の4時から船釣りがあり、釣りの用意をしたり、エスパルスが負けましたがナビスコカップの試合を見たり極めて忙しい一日になっています。


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上下の写真はスイスの登山鉄道でアイガー・メンヒ・ユングフライです。

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上下の写真はルーブル美術館です。

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上はフランスのモンマルトルの丘、ノートルダム寺院です。

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上下の写真はベルサイユ宮殿です。

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上下の写真はパリのエッフェル塔です。

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上下の写真はリューデスハイムです。


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上下の写真はドイツのライン河クルーズです。

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上下の写真はドイツのハイデルベルクです。

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上下の写真はドイツのローテンブルクです。

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上下の写真はドイツのディンケルスビュールです。

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ドイツの「リュウデスハイム」から(NO2)

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先日このブログで公開しましたが先月の平成24年10月26日から約1週間ドイツ・スイス・フランスを巡るツアー旅行へ夫婦で参加して来ました。
今回も天候に恵まれ秋から冬景色を見る事ができ、忙しい旅でしたが観光スポット、食事も充実し楽しい旅となりました。
我々夫婦は今回の旅行出発する前からインターネットでヨーロッパの週間天気予報を見ながら衣類の用意をしていましたが、ドイツでは我々が到着する前日から気温が急激に下がる予報がありダウンジャケット他冬物で臨みました。
ドイツへ到着すると10月としては40年振りの雪が降ったと報道されており、地元でも予想外の冷え込みになったようで冬物で大成功でした。
さて、我々は静岡空港から上海(飛行時間2時間40分)を経由しフランクフルト(飛行時間12時間10分)へ 勿論エコノミーで長時間の搭乗となり、熟睡も出来ず大変な初日になりました。


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フランクフルトは日本と7時間(翌日の日曜日0時からサマータイムが終わり8時間の時差)の時差があり、現地時間朝の6時に空港へ到着し、そこから大型バスで最初の観光地であるドイツライン川沿いの小さな美しい町「リューデスハイム」へ向かいました。
この日はサマータイムが終わる前日で朝空港からバスへ乗る時にも真っ暗で、30分位走った所でライン河が見え始めるころから白々として来ましたが小雨が降り薄暗い中、ライン河とブドウ畑を眺める高台のニーダーヴァルト記念碑がある観光スポットで下車観光し、今日紹介する「リューデスハイム」に入りました。

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上の写真は高さ38mの塔を持つ 「ボーゼン城」で、現在はワイン業者の個人所有となっているが、かつては幅9mの濠で囲われていた城だそうです。

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我々夫婦はヨーロッパはイタリア以外旅行した経験がなく、まず紅葉したブドウ畑と尖った積み木のような色とりどりの家並み、ベランダには花が植えられお伽の世界に入ったような可愛らしい感じで感動してしまいました。
我々は朝9時頃からの観光でこの町メインストリート「つぐみ横丁」長さおよそ150メートルの狭い路地に、ワイン酒場やみやげ物店が並んでいましたが殆ど人通りはありませんでした。
但し、その通りにある地下のワインセラーでワインをタップリ試飲し、更にこの町からランチ付きのライン河クルーズを楽しむ事になります。


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「リューデスハイム」について・・・・
ワインの町として名高いこぢんまりと可愛らしい町で世界遺産に登録されている。ライン川に沿って町が開け、背後にブドウ畑の丘が続く。観光は、町の中のミニ博物館や路地の居酒屋めぐり。ニーダーヴァルトの丘にはゴンドラリフトがあり、展望台へ続いているので、ここへ登って帰りは歩いて降りて来るのもおすすめ。町には至る所にワインの居酒屋があり、どこも生演奏のバンドが入って賑わっている。9月でなくても町は1年中ワイン祭りのような雰囲気に包まれている。

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上の写真は綺麗に紅葉したプラタナスの葉かな?静岡ではプラタナスが紅葉する事はないと思いますが。

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下の写真の道路右側は線路があって、その隣がライン河で我々が乗船した船着き場があります。

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リューデスハイムでワインの試飲(NO3)

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我々はリューデスハイムを少し散策した後、洒落た可愛いプロストワインハンデルというお店でワインの試飲をしました。
入口には樽に日本語で書かれた看板があり、そこから中に入ると地下に降りる階段から、中は半円の大きなトンネルの中にワインが並んだ棚や樽が置かれており、いかにも中世の趣がある落ち着いたお店でした。
お店のスタッフは日本人ばかりで、試飲する為に20本も置かれた色々な種類のワインについて、それぞれに配布されたパンフレットに添って1本1本丁寧に説明がありました。


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説明を受けた後、ツアー客全員に小さなコップを渡され自らコップに色々なワインを注ぎ試飲をするのですが、私もリューデスハイム産の白ワイン、アイスワイン、貴腐ワイン、甘いワインやスッキリとしたワインに高価なワインも試飲してみました。
試飲の回数は制限されておらず、20種類を全て試飲する気持ちで美味しいワインはお代わりをしながらタップリと飲んでしまいました。
私はドイツと言うと白ワインを想像し、高価なワインよりもスッキリとした白ワインが美味しい感じがしました。
ツアーの皆様は早速お土産としてワインを注文し日本へ直送する依頼をしているようでした。


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ライン河クルーズで最初の食事を(NO4)

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我々はリュウデスハイムをワインの試飲も含め観光し、直ぐ近くにあるKDラインの乗船場から小雨が降るな中、上の写真の観光船に乗り込みライン河クルーズを楽しむ事になりました。
一見すると小さな観光船に見えましたが、中は以外に広く我々以外の観光客が沢山乗船していました。
このライン河クルーズがドイツで最初の食事とビールを頂く事になります。

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私がライン河クルーズで最初に驚いたのは、南側斜面にワイン用の綺麗に区画整備された葡萄畑が更に綺麗に紅葉し、古城や尖ったおとぎの国の家並みと融合し素晴らしい雰囲気を醸し出していました。
また、ライン河は満々と水をたたえ、殆ど流れが解らない程度に流れているようですが、堤防が意外に低いので大雨が降ったりした場合、大丈夫なのか心配になりました。

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我々はリューデスハイムからライン河を約30キロメートルを下って行く事になりますが、驚いた事にこの間にはライン河を跨ぐ橋脚が1本もありませんでした。
この河を行き来するにはハシケを利用しているそうです。
驚く事にライン河の両サイドに鉄道が走り、両サイドとも客車や貨物列車が頻繁に走っていました。
ライン河は昔から交通の要衝で、ライン河を航行する船舶から通行税を取るために、至る所に船が通るのを見張るお城が設けられたようです。

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このクルーズの食事にはビールかワインがセットされていましたが、私は生ビール1杯では足りず、2.5ユーロでもう一杯追加しました。
我々が今回の旅行を通して感じたのは、本場の美味しいビールやワインが日本のジョッキと比較すると大きく、値段が極めて安い事でした。
我々のん兵衛夫婦はツアー旅行へ出掛けると朝から夜まで何回もビールを飲んでしまい、ビール代が大きな出費となっていましたが、今回は予想外に安く済みました。
また、今回の同じツアーの皆様は我々と同じように昼食でも飲む人が多く、その面でも安心し楽しい旅が出来ました。

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食事はスープに白身魚のムニエルにデザートもあり、何の果物か分かりませんでしたが、美味しく頂く事が出来ました。
パンはなく、その代わりにフライドポテトが沢山乗っていました。
ドイツは昼以外には温かい食事を取ることはなく、朝や夜はパンにハム・ソーセージ・チーズ等を切って食べる
ようです。
先日、テレビでイギリス庶民の夕食状況を放映していましたが、日本のように時間を掛けて調理することはなく、ヨーロッパの食事は質素だと言っていました。

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上下の写真は塔の街として有名なオーバーヴェーゼルの街並で、ライン地方で最も多い21の塔がありましたが、現在でも18の塔が残っているそうです。
 街の上には、シェーンブルク城があり、12世紀初頭に建築された騎士の城で、現在は古城ホテルとなっているそうです。

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学校の音楽の時間に習ったローレライは歌と乙女の像だけ知っていましたが、細かい事は知りませんでした。
説明によると、ローレライとは、ライン河の幅が90mに狭まる難所の上にそびえる、高さ132mの大岩で、ライン河の中にも大きな岩が7箇所も隠れており、昔は船が頻繁に座礁した為、「美しい乙女の歌声に魅せられて船が座礁してしまう」と伝説が生まれたようです。
今では川の中にある岩も全て爆破し、障害物は取り除かれたようですが、ライン河には至る所に赤いブイが設置され、船舶のそのブイの間を航行していました。

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上下の写真はザンクトゴアハウゼンの街の上にある猫城がです。
猫城は、14世紀にカッツェンエルンボーゲン伯爵が建築した城で、1806年にナポレオンに破壊されましたが、1896-98年に再建されたそうです。

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旅行でデジカメを2台壊し保険でカバー(NO5)

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私は旅行へ行くと沢山の写真を撮影しますが、今回の旅行でもデジタル一眼レフ、小型デジカメ・小型ビデオカメラを持参し臨みました。
前回のイタリア旅行では夫婦のスーツケースが2個とも5日間紛失し、私はカメラ・充電器を手荷物で機内持ち込み写真撮影には問題はありませんでしたが、今回ヨーロッパ旅行ではカメラを壊してしまうと言うトラブルに見舞われました。
まず、リューデスハイムで夫婦の写真を依頼した際デジカメを落として壊し撮影不能に、更にスイスの登山鉄道座席から一眼レフが落下しオートフォーカス異常とモニターが見えなくなり、カメラの設定状況が分からなくなりました。
一眼レフはモニターなしでシャッターが切れたため、撮影出来ているか心配しながらパリでも撮影を続け、予備に小型ビデオカメラでも写真撮影をしました。
我家に戻り一眼レフの撮影状況をパソコンで確認すると、ISOモードが100で固定され暗い所の写真は全滅でした。

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さて、カメラの修理費用について海外旅行保険に入っており保険会社へ確認すると、カメラの購入価格から毎年10%の原価償却した金額までは修理費を保険で支払うとの回答を得ました。
壊れたカメラは保険がなくても当然修理を依頼するつもりであり、保険が出るとのことでラッキーと気が大きくなり、単3ニッケル水素電池2本で作動する少し大型ですが新製品の光学16倍ズームのキャノンのデジカメを購入してしまいました。
レンズは小さいが一眼レフと同じような機能を持ち、一眼を持ち出すのが面倒の時は使用して見たいと思っています。

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ハイデルベルク城を散策(NO6)

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我々はライン河クルーズを楽しんだ後、バスで約14万人が暮らすハイデルベルクへ入りました。
この街は、ラインの支流・ネッカー川沿いに位置する都市で、その美しい街並みはどこから見ても絵になり、またドイツ最古の大学があり古くから学生の街として知られ、人口の3割が学生だそうです。
我々は最初にこの街の高台にある今や廃墟同然となった最古のレンガ色のハイデルベルグ城を観光しました。
このハイデルベルク城は、プファルツ選帝候によって、14世紀に建造され増改築を重ね、ゴシックやルネッサンスの様々な建築様式が三十年戦争やプファルツ戦争などで破壊され、現存遺構は15~17世紀のものだそうです。。
我々は殆ど内部を見る事が出来ませんでしたが、廃墟の城の中でも世界大戦での空爆は逃れ勿論保存されている部分も多く見応えのある城でした。


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上下の写真は「エリザベスの門」といわれ、必ず見て下さいとガイドから詳細な説明がありました。
フリードリッヒ5世が、妃の英国生まれのエリザベス・スチュワートのために造ったもので、彼女は、この「砲庭」を、気に入って毎朝散歩していたが、彼女の19歳の誕生日の朝、いつものように散歩していて、昨日までなかった門を見つけて、大変驚いたという。夫のフリードリッヒ5世は、彼女を喜ばせるために、一夜のうちに、この門を建てさせ、誕生日のびっくりプレゼントにしたそうです。


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私はこの城で一番驚いた光景は、エリザベート門を入ったところから空濠越しに見える廃墟のような光景でした。色々な観光地では壊れた部分を修復し綺麗にして観光客に見せるのが普通ですが、ここは勿論一部は修復をしていると思いますが、最古の城の色々な歴史に刻まれた過去をそのまま見せつけ、見る人に衝撃を与えていると思います。空濠の右側中央下やや左の一部が崩れた小さな円塔が牢獄塔だったそうです。


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上の写真は城門で、そこを通過するのに深い空濠(下の写真)があり橋が架かっています。

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我々はエリザベス門を見て空濠がある廃墟の城を見た後、大きな城門塔を潜りお城の中に入ります。
城門塔は、度重なる戦争にも耐えて唯一残った塔で、高さ52m、奥行き13,5mあり、時計がとりつけられているところが、4階だそうです。
庭と城との間には、深い空濠があり、平和なときには鹿などを飼っていて、非常時には水を満たすことができ山側からの敵の攻撃に対する防御になっていたそうです。
城門塔には2人の巨人とその内側にプファルツの象徴であるライオンがいます。


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その鎧を着けた巨人二人には男性シンボル部分を保護するように大きな卵型の物が付いていますが、これは保護をするものではなく、大切な物を入れる入れ物だそうです。
濠の上にかかる石橋は、昔は跳ね橋で城門塔の壁に鍵穴のような形の穴が残っているが、これは、跳ね橋をつっていたく際の穴の跡だそうです。


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城門から入り中庭右側の紅葉した銀杏の木越しに、半ば崩れ落ち壁面だけが残ったようで荒涼とした感じがするオットハインリヒ館があります。
オットハインリヒ館は、1556年にプファルツ選帝侯となったオットー・ハインリヒによって建設され正面ファッサードしか残っていないが、これは、ドイツ・ルネサンスの最高傑作といわれているそうです。

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城門から中庭越し正面に華麗な建物が、フリードリッヒ館だそうです。
1607年にフリードリッヒ4世により建てられて以来、代々の選帝侯の居住館であったところで、ファッサード(正面の装飾)は、黄色の砂岩でできており、歴代の力のあった選帝侯の像が飾られていました。

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セバスチャン・ゲッツ作のこの16の像は、等身大より少しおおきめで、上の像ほど、足が短く下から眺めて釣り合いがとれるように、バランスを考えてそうしたそうです。


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中庭から更に奥に時計が付いた城門塔があり、ここ通過するとネッカー川が眼下に見える広場に出ます。


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ネッカー川対岸の森の下に見える大きな家は、現在の高級住宅街だそうです。

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我々はフリードリッヒ館左側からスロープを下り建物の地下に入り、想像を絶する巨大なワイン樽を見る事になります。
この樽は1751年カール・テオドールが造ったもので直径7m、長さ8.5m、222,000リットルの容量は、木製の樽としては世界一だそうです。
樽の上方にカール・テオドールのイニシャルであるCとTの紋章が飾られており、130本の樫の木が使われているそうで、我々は樽正面右側から階段を昇り、樽の上にある宴会場を見て左側から下りて来ますが、真っ暗で写真撮影が極めて難しい場所でした。

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下の写真の樽は、少し明るい場所にあり見本のための樽だそうで、本物よりも相当小型だそうです。
それでも大変大きな樽です。

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下の写真はオットハインリヒ館から下りて来た気品のある絵になる女性は修道女ではないかと思います。

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エリザベス門から廃墟の後を右に見て庭園を奥に進むと、左側に紅葉越しのハイデルベルクの旧市街やネッカー川、そこに架かる「カール・テオドール橋」、更に対岸のハイリゲンベルクの緑の森などが一気に飛び込んできて、その絶景に大いに感動しました。

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小雨のハイデルベルク旧市街を散策(NO7)

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我々は先にバスでハイデルベルク城へ登り、一部廃墟かした最古のお城を観光、保存方法の仕方に驚き感動し、その城の下にあるハイデルベルクの旧市街にバスで下りて来ました。
旧市街には観光バスが入る事は出来ず、ネッカー川の川沿いでバスを下車し添乗員の案内で散策を始めました。
ハイデルベルクは、南西ドイツ、バーデンヴュルテンブルク州のオーデンワルドの森の端にに位置し、ライン川の支流であるネッカー川が流れており、選帝侯の居城だった古城と、ドイツ最古の歴史を誇る大学のある街として有名だそうです。
第二次世界大戦の被害は受けていませんが、驚いた事に戦後アメリカ軍が、駐屯しNATOの事務系統の総司令部が置かれている基地の町でもあるそうです。


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上の女性は大学広場へ向かう前に発見し、この街に溶け込んが雰囲気で失礼ながら撮影をさせて頂きました。
下の写真は名前は分かりませんが芸術的な噴水があり撮影しました。


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上下の写真は1386年創立、ドイツ最古のハイデルベルク大学の大学広場ですが、我々が訪れた時はこの場所だけ殆ど観光客を見かけませんでした。
白壁に赤い窓枠の建物は、旧大学校舎で、大学発祥の地、18世紀初頭の建築ですが、1886年の大学創設500周年の際に、2階に「大学講堂」(アルて・アウラ)が建てら、正面の壁画は、知の女神アテナがハイデルベルクに到来するところを表現しているそうです。


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大学広場には、旧大学校舎の前に、このプファルツ選帝侯の紋章である「ライオン」の噴水があり、ライオンは、権力の象徴として、王錫と地球儀を持っているそうです。


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大学広場から少し入った細い小路、1778年から1914年まで、大学当局が"微罪"を犯した学生を拘束していた場所「学生牢」があると説明がありましたが、現在はパブに利用されているのか若者たちがたむろし、怖くて写真撮影は出来ませんでした。


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我々は学生広場、学生牢を見た後、ビスマルク広場からカールス門まで続く約2Kmの歩行者天国になっている中央通り出ました。
ここには色々な物販店がありましたが、我々はマルクト広場を目指しお店を覗いて見る余裕はありませんでした。

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私は中央通りを歩いている時に、交差する路地と言うのか車輛も走っており普通の道路かも知れませんが、色々な色の建物が連なる風景こそハイデルベルク旧市街その物の風景だと思いました。
沢山の路地の写真を撮影したので、ここで一部をご覧ください。
写真はブログに掲載するため、縮小してあり拡大は出来ませんが、本当は拡大し細かい所までご覧頂きたいと思っています。

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上の写真は路地を撮影しようと思ったら、上から女性が下りて来てしまい少し躊躇しながら撮影しました。

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上下の写真はガイドブックに必ず登場する、「ツムリッター」で1592年にフランドルから移り住んだ、呉服商シャルル・ベリエによって建てられたルネッサンス様式の商館で、17世紀2度の戦禍を逃れた唯一の建物だそうです。
ファサード(正面外壁)は、段々になった破風をもつ、フランドル風の凝った造りで、様々な彫刻で飾られている。中でもこの館の名前の由来となった、最上部を飾る、聖ゲオルクの甲冑姿の像があり18世紀頃から騎士の館と呼ばれるようになった。現在1階はレストラン、2階から上は40室ほどの部屋数を持つホテルとして使われているそうです。

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我々中を見る事は出来なかった聖霊教会は、プファルツのなかで、82mの最も高い塔を持つゴシック様式の建築で、選帝侯の墓が納められ、大学の祭宴の場で、ハイデルベルクのなかで、最も重要な教会、選帝侯ルプレヒト3世が、1400年前後に起工したが、内部、塔と順に建築され、今のような形になったのは1544年のことだそうです。

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旧市街の中心にあたるマルクト広場広場は、聖霊教会と市庁舎との間にあり、毎週水曜と土曜の午前中には市が立ち、カラフルなパラソルを広げた露天が出て野菜や果物、チーズや花などが売られるそうです。
広場に面して建つ市庁舎はバロック様式の建物で中央の部分は18世紀初めに、戦禍から復興して最初に造られたものだそうです。


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上下の写真は、ネッカー川にかかる最古の橋で、カール・テオドール橋またの名をアルテ・ブリュッケ<古い橋>と呼ばれ、200年前までは屋根のある、木のはね橋が架けられていたが、オルレアン継承戦争で焼失したり、流氷に押し流されたりしたため、18世紀に選帝候カール・テオドールが現在の石の橋に造り替えたものだそうです。
橋にあるバロック風の城門は13世紀にこの場所にあった城壁の一部だったそうで、左右の塔は暗くて低い牢獄が設けられ、その塔をつなぐ真ん中の部分には、18世紀に橋の建設と共に付け加えられた、明るい牢獄があるそうです。

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上の写真はハイデルベルク城をカール・テオドール橋の上から撮影しましたが、ドイツでは10月では40年振りに雪が降ったのとの事で、城の上の森には雪が薄っすら被っています。


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上の写真は我々が観光バスが迎えに来るネッカー川沿いの広場からカール・テオドール橋を撮影しました。

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魚がし寿司にて最後のラーメンを(NO8)

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私は海外へ旅行をした時に帰国すると真っ先に食べたくなるのがラーメンです。
今年7月まで勤務していた時の昼食は、外食をしており殆どが麺類で、その大半が背脂が多いこってり系のラーメンを選んで食べていました。
今回の旅行へ出発する前に静岡空港に唯一ある「魚がし寿司」で昼食を取りましたが、ここのメニューに駿河ラーメンがあり1週間ラーメンが食べられなくなると思い注文して見ました。
静岡駅の「魚がし寿司」では何度か飲む機会があり、気に行ったお店です。
あっさりした魚介系の醤油スープに定番の海苔、チャーシュー、メンマ、わかめ、もやし、ネギに加え、静岡名産のサクラエビにシラスが乗っていました。
県外から静岡へ観光に来た皆様には良いかも知れませんが、こってり系の好きな私には満足出来ませんでした。

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妻は駿河丼を注文しましたが、これが私が注文したラーメンと大して料金が違わず、中身はイクラ、ウニ、マグロ、マダイ、ブリ、イカ、サクラエビ、アジ等が並び、同時にビールを注文した我々には合っていたようで、私は少し残念な気分でした。

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静岡空港の色々な部署の職員は、空港唯一の食堂である「魚がし寿司」と契約し昼食を取っているようで、色々な制服を着た職員の皆様が次々に来て昼食を楽しんでいました。

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ローデンブルク旧市街を観光(NO9)

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平成24年10月27日にフランクフルト空港へ到着し、リュウデスハイム・ライン河クルーズ・最古の大学があるハイデルベルクを散策し、ロマンチック街道で最も美しい街と言われる「ローテンブルク」の城壁の中にあるホテルへ一泊しました。
前日はドイツで40年振りに10月に雪が降ったと言う珍しい日に宿泊し、ドイツの中世の街並みが残っている旧市街観光は、快晴の中、薄っすらと雪が積もり更に紅葉もある素晴らしい天候の中で、周りを城壁に囲まれた小さな可愛い町ですが、楽しく散策が出来ました。
1274年以降15世紀はじめまで、ローテンブルクは皇帝直属の帝国自由都市として発展し、400kmの領土に167の村を従え、その人口112万人にまで達しました。その後1803年に市は自治権を失い、バイエルン州に組み込まれ帝国自由都市の幕が閉じられたそうです。


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上下の写真は今も市の行政局として使われている市庁舎で、様式の異なる2つの建物から成っています。鐘塔と皇帝の間のあるゴシック様式の建物の方が古く、1250年頃~1400年頃までに創建され、マルクト広場に面して建つルネッサンス様式の方は1572~1578年に建てられ、アーケード部分は1681年に増設されたものだそうです。
我々も登り後日このブログでも公開しますが、市庁舎にある高さ60mの鐘塔の展望台からは、市街と周囲の穏やかな川園地帯の素晴らしい眺めが一望できました。

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下の写真は市庁舎にある我々が登った高さ60mの鐘塔の展望台です。(向かって左側の塔です)

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上下の写真は、マルクト広場に面している仕掛け時計で有名な市議宴会場です。
昨晩ホテルで夕食を取った後、希望者は雪が降り寒い中ホテルから100m位の距離にあった仕掛け時計を見に行きましたが、我々は説明で世界三大がっかりのひとつと聞いて止めました。毎日11時,12,13,14,15,21,22時の時報に動くそうです。


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上下の写真は、ホテルから100mの至近にあった聖ヤコブ教会ローテンブルクの主教会で、壮大なゴシック様式の建物は1311~1490年頃の創建です。
我々は教会の中へは入りませんでしたが、小さな町にしてはその大きさが示す通り、当時町が極めて重要な役割を荷っていたことが分かります。
1968年に設置された5500本のパイプを有するリーガー社製オルガンの轡きは素晴らしく、夏期には毎週2回オルガンコンサートが行われているそうです。


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上下の写真はブルク門です。城壁の西端ローテンブルク最古の門で14世紀に改築されている。
城塞と市街を結ぶこの門(1360年)の手前に、16世紀に左右の見張り小館が加えられました。市中に通じる川はすべて日没とともに閉められ、日の出と共に開かれることになっており、夜間の出人りは例外的であり、また市議会員の許可が必要だったそうです。
この煉瓦で出来ている高い塔の上に鐘楼があり、その下に明るい色彩とデザインで針の先端がハート形をした四角い大きな時計があり驚きました。

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上下の写真はブルク門を出て城壁から雪のブルク公園やタウバー川を見た所で撮影しました。

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ブルク公園には、l142年、ドイツ皇帝の家系に連なるシュタウフェン家の城塞がここに建てられましたが、1356年の地震によりほとんど崩壊してしまいました。城塞の門前には城に仕える者や職人達が家を構え、それが町に発展して行きました。外側ブルクガルテンには10世紀には城があり、ローテンブルク発祥の地、遺構としては礼拝堂だけが残っています。

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今回の旅行で感心したのは、品の良い老人夫婦が腕を組み、主人が奥様をエスコートしてゆっくりと散歩している姿を色々な場所で見て、ヨーロッパのメンタル面の豊かさ、懐の深さを感じました。

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下の写真は女性が子犬を連れ散歩をしている光景ですが、私が毎日散歩の途中で見かける光景とは大違いで、モデルさんが撮影のために歩いているように見えました。

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下の写真は刑事博物館の中にある、人間を入れる鳥かごの様な拷問の道具だそうで、塀の外側から見えたので撮影しました。この中に人間を入れ池の中にでも落とすのかな。
我々は刑事博物館の中には入りませんでした。

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上の写真はローテンブルクを説明する観光パンフレットに殆ど掲載されているビュースポットです。
ローテンブルクはタウバー谷を見下ろすという高台の地形のために、生活川水の碓保に昔はは大変な努力を要しました。そのため街の中にはいくつも井戸があり、飲み水を提供したばかりでなく、何よりも消火用水の供給源として重要でした。市庁舎の南にある聖ゲオルクの泉が市中最大の井戸で、深さ8メートル以上、lO万リッターの水をたたえています。

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ローテンブルクの旧市街は、石畳、城壁、赤い屋根の家々など、「中世」そのままの街並みが残されており、特に、マルクス塔やレーダーアーチ、プレーンライン付近の街並みは美しく、まるで絵本の世界に迷いこんだかのように見えました。

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ローテンブルクの城壁を歩く(NO10)

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ローテンブルクの旧市街を囲む城壁は1380年に建設され総延長は約2.5kmあり、1周できるのは世界でも珍しいものですが、第二次世界大戦でほとんどが破壊され戦後に世界中からの寄付で修復され、壁に寄付をした人の名前が刻まれているそうです。
城壁の上には屋根のついた回廊が設けられていて、さまざまな角度から、旧市街の佇まいを眺めることができるそうですが、我々はレーダー門付近からヴュルツブルク門手前までほんの一部を歩いてみました。
北西の角にあるクリンゲン門は1400年ごろに完成したもので、高台にある都市ローテンブルクの弱点の水を溜めるため、その門塔は給水塔の役割も果たしていたそうです。


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ローテンブルク城壁の上の回廊には、屋根や木造の手すりが取り付けられているので7~8mの高さでしたが、高所恐怖症の私でも怖さは感じませんでしたが、幅は1mくらいしかないので、鎧を着た城兵がすれ違うのは難しいと思いました。
外側の壁には2mおきくらいに鉄砲狭間が設けられていました。
中国の万里の長城とは違い、壁の厚さは上部鉄砲狭間の横当たりで15㎝位と薄く、城壁内側に石の支柱が5~6m間隔で設けられ壁と回廊を支えているようでした。

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日本の平城の城壁は木組みの上から漆喰で塗り固めた物が多く、水を張った堀で外敵の進入を阻止するが、外国の城壁は高くて頑丈な石・レンガ造りのものでが多い。
また、日本の城は街全体を城壁で囲む事はなく、逆に市街の道路を迷路のようにし進入を遅らせるようにしたようですが、外国の城というのは基本的に街そのものをスッポリ城壁で囲んでおり、市民を大切にしていた様子が伺えます。
但し、ヨーロッパでは昔からはあった城壁が後世になって無用の長物になり都市開発の邪魔になるので埋めた、という事例も多いそうです。

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上下の写真はシュランネン広場を通り城壁の小さな門を通過しローテンブルク旧市街から出た所に、我々のツアーバスが待っていた所です。

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ローデンブルク市庁舎の塔へ登る(NO11)

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我々はローテンブルクのホテル:ライヒスクーヘンマイスターへ一泊、雪が上がったローテンブルク旧市街を添乗員の案内で散策し、城壁の回廊も歩き市庁舎前で解散し自由行動になりました。
我々は添乗員の解散の声を聞くと同時に、目の前の市庁舎に飛び込み市庁舎の塔に登る事にしました。
この塔に登る気持ちになったのは、以前イタリアの「ピサの斜塔」に登り大変素晴らしい光景に、妻がイタリア旅行で最も感動した光景の一つになったと発言した記憶があったからです。

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市庁舎に入り塔へ登る大理石の螺旋階段を登り初めましたが、ピサの斜塔は傾き階段も傾いて削れ平衡感覚が可笑しくなりましたが、ここは平行で安心して登りました。

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ピサの斜塔は最初から時間単位で入場制限があり、この時は添乗員さんが事前に登る人数を確認し走って入場券を購入してくれ何とか登る事が出来ましたが、この市庁舎の塔は螺旋階段が終わった所に下の写真の近代的なゲートがあり、上から下りて来た人数だけゲートが開き登る事が出来るようになっていました。
このゲートから先にいる人数は20名程度のようです。

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ゲートが開き登り始めると今までの螺旋階段とは全く違い、古い木造で幅の狭い急傾斜な階段には驚きました。
下りてくる人も同じ階段を利用する為、勿論すれ違いは出来ず一方通行の恐ろしい階段でした。
日本の観光地ではこのような危険な階段は利用させないかも知れません。


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最後の鐘楼へ登る階段の下の部分に小さな部屋があり、そこにいる管理人のオバサンに2ユーロを支払い、オバサンに指示で階段と言うか梯子を殆ど垂直に登りますが、鐘楼がある上の穴も狭く肥満体の人は無理ですね。
また、スカートを履いた女性にはこの階段は無理と言うか、下にいる男性は目のやり場に困ってしまいますね。

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やはり苦労して鐘楼に登って見れば、回廊は狭く人がすれ違う事も出来ませんが、ローテンブルクの旧市街は昨晩の雪がトンガリ帽子の家並みに雪が薄く残り、「ピサの斜塔」で感動した時と同じ興奮を得る事が出来ました。

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旅行して必ず思う事ですが、折角訪れた先でツアー料金に入らない観光スポットがあった場合は、いくら入場料を支払っても絶対に見逃してはダメだと思います。
今回もローテンブルクの雪を被った旧市街を木造の細い階段を登り観光出来た事は一生忘れる事はないと思います。

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中国東方航空にて上海へ(NO12)

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我々は静岡空港から平成24年10月26日からドイツ・スイス・フランスを巡るツアー旅行へ参加しましたが、勿論、静岡空港からドイツ「フランクフルト」への直行便はなく、中国東方航空を利用し上海経由となりました。
今回のツアーは静岡空港以外に広島、長崎、小松空港からの皆様と上海で合流し、ヨーロッパ旅行を楽しむ事になりました。
我々は静岡空港を15:50と遅い出発となりましたが、他の空港を利用された皆様は上海便の関係で早く到着し上海観光を楽しまれたようです。
以前もこのブログに書きましたが、静岡空港は我々が住む静岡市から車で1時間以内に到着し、無料の駐車場から搭乗口まで5分で歩いて行くことが出来、飛行機も小型で乗り込めば直ぐにフライトと出来る大変便利な空港です。
残念なのは飛行機の便数が少なく、中国との問題から更に上海便も減っているようで午後の遅い時間の出発は出発日の一日が勿体ない気がしました。

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さて、我々は遅い昼食を静岡空港「魚がし寿司」で食べ、中国東方航空で上海まで2時間40分の搭乗で、予想もしていない「肉まん」のような「おやつ」と言うのか食事と言うか出て来てビックリしました。
予定では上海で夕食となっており短い搭乗の機内で食事が出る事はまったく考えていませんでした。
中国東方航空には、上海からフランクフルト、更に帰りの静岡空港までお世話になりましたが、キャビンアテンダント皆さまは笑顔がなく、与えられた仕事を忠実に黙々とこなすと言う感じに見受けられました。

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我々は予想もしてない機内で出入国カードを記入し、上海へ一旦入国し空港内のホテルで食事をし、再度出国すると言う形を取りました。
私が一番困ったのは、食事をする時には必ず飲むビールを購入する「元」を勿論用意しておらず、両替も出来ず現地のガイドに聞くとクレジットカードを利用して下さいとの話がありました。
我家では全て現金払いでクレジットカードを普段利用する事は全くなく、カードは持っていましたが暗証番号も心配で迷いましたが、ビールの魅力に勝てず言葉も全く通じない中、なんとかクレジットカードでハイネケン3本を手に入れる事が出来ました。
この時も、大きなホテルでありながらビールを注文する時に従業員の愛想はなく、万一暗証番号が違ったらと思うと端末のボタンを押すのも恐々でした。

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上海空港は中国でも2番目の規模を誇るそうで大きさに驚きました。
我々は帰国する時も同じフランクフルトから上海空港で乗り換え静岡空港へ帰りましたが、その時に空港の大きさを実感しました。
出発ロビーから飛行機に乗るのではなく待機している大きなバスに乗り込み、沢山の旅客機が駐機している中を空港ターミナルビルが小さく見えるほど遠い場所まで移動し、目的の飛行機の近くでバスを降り歩いてタラップまで行き乗り込みました。雨が降っていたらどうするのかと心配になりました。

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我々は上海からフランクフルトへ向かう飛行機の搭乗待ち時間が3時間以上もあり、広いロビーで横になって寝たりもしました。
海外旅行の場合、飛行機内で寝て現地へ朝早く到着し、到着した朝から観光する日程が、ハワイ・ケアンズ・ニュージーランド・イタリア等全て同じでした。
搭乗を待っている間、我々の座席の正面にあった大きなテレビは日本との問題をずっと流し続けていました。

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ローテンブルク「ライヒスクーヘンマイスター」で(NO13)

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我々は夜明け前にフランクフルトへ到着し朝の暗い内からバスに乗り空港からドイツ1日目リュウデスハイム・ライン河クルーズ、ハイデルブルクを観光し、ローテンブルクの城壁の中にあるライヒスクーヘンマイスター ホテルで初めてベッドに寝る事が出来ました。
このホテルは旧市街の中心部に位置し、ローテンブルク市庁舎や聖ヤコヴ教会が至近にある小じんまりとし落ち着いたホテルでした。
我々は遅い時間に到着し先に食事をした後、このホテルから20~30m先にある別館に泊まる事になりました。


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我々は食事が終わり別館に移る時に添乗員の説明を殆ど聞いていなく、ホテルから外に出ると雪が降っており薄暗く皆さまの顔も分からず、偶然別の日本人ツアー客が通り掛り間違ってこのツアーの皆様に付いて行き大失敗をしました。
別館は直ぐ近いと聞いていたのに、一緒に歩いていた皆様は我々がバスを降りて歩いて旧市街に入って来た方向へ進んで行くので驚いて聞いて見るとツアー名が違っていました。
雪の中を焦ってホテルへ戻り従業員に別館の位置を確認するにもドイツ語も分からず困っていると、偶然添乗員が時計台を見る仲間を連れ通り掛り、別館の位置を確認する事が出来ました。


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ライヒスクーヘンマイスターは街の中心に位置する3つ星クラスのホテルですが、ロビーは狭く螺旋階段やヨーロッパ調の家具などが置かれ落ち着いた雰囲気が感じられました。
レストランは1階にあり、たくさんのランプや装飾品が趣味よく、落ち着いた照明の中テーブルには豪華な感じなナプキンや小さなキャンドルが置かれ素晴らしい雰囲気の中で食事が出来ました。


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今回のツアーで食事は全てスープ(酒がす)が出てメイン(牛肉)にデザート(フルーツ)が付くと言う、シッカリとした食事を取る事が出来ました。

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ビール好きな我々は黒ビールとラガービールを最近日本ではあまり見かけない大ジョッキで各1杯づつ美味しく飲まして頂きました。
大ジョッキ1杯3.9ユーロと格安で、ドイツのビールは本当にどこで飲んでも安く驚きました。消費税は19%で内税になっていました。


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このホテルは30㎡以上ある大きな部屋に趣きあるデザインが施された、快適な滞在が出来るように多くの最新設備が整っていました。
ホテルは旧市街にあり建築制限から、こじんまりとしたホテルですが、部屋の家具や壁紙もとってもかわいく、ベッドも大きく風呂も大きなバスタブつきで、洗面所も広く清潔でした。

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我々の大きな部屋には赤ちゃんのヨーロッパ調で落ち着いたベビーベッドが置かれており、驚きました。

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我々が宿泊した日は10月最終土曜日でサマータイムが終わる日で、翌日曜日の朝0時を1時間遅らせる事になり、夜が1時間長くなって日本との時差が8時間になりました。
我々は日本から飛行機の長旅に続き、朝早くからドイツ観光と疲れており、夜が1時間伸びた事はラッキーでした。(実際は時計の表示が変わるだけの事ですが)


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ドイツは昼食以外暖かい物を食べないと質素な食事のようですが、我々朝食バイキングは皮が固いドイツパンに生ハム・サラミ・チーズ・ゆで玉子・ジュース・ヨーグルトと豪華な食事を頂きました。

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ディンケルズビュールの市街(NO14)

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地図

我々はローテンブルクを午前中に観光し、バスに乗って古来ドイツの東西と南北を結んでいた2つの重要な交易路の交わった所に10世紀頃生まれた市場町であるディンケルスビュールへ到着しました。
バスは城壁に囲まれた旧市街へ入る事が出来ず、我々は徒歩5分程離れた駐車場から歩いて旧市街へ入り事になりましたが、ドイツの田園風景の中に多くの塔が残る旧市街を川越しに見た長閑で神聖な風景の素晴らしさに感動しました。


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ディンケルスビュールは南ドイツの穀倉地帯の中央に位置し、農作物の集積地として、また交易都市として発展し1270年帝国自由都市となり、第2次世界大戦の爆撃も受けず、中世の頃の町並みがそのまま残っていることから中世の生きた博物館といわれているそうです。
私はローテンブルクよりも小ぶりな旧市街も素晴らしいと思いましたが、市街を外から眺めた水郷に田園風景と赤い屋根と多くの塔が残る景色の方により魅力を感じました。

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我々はバスであったので旧市街の外側にある駐車場で下車して、町の中心へと続くメインストリートであるネルトリンガー通りを通り中心へ向かいました。
このネルトリンガー通りはローテンブルク旧市街の道路と違い石畳で幅が広く、乗用車が歩道に乗り上げ駐車していましが対面交通が出来る程でした。

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我々はディンケルスビュールで先に昼食を取った後に自由行動になっており、添乗員の誘導で聖ゲオルク教会の手前を左に折れてレストランを探しましたが場所を間違ったようで、結局聖ゲオルク教会の手前を右に折れて真っ直ぐ進み東門のヴェルニッツ門の先にありました。
間違ったお蔭で添乗員に先導され旧市街を散歩出来ましたが、この時に初めて城壁の中には緑が少ない事に気づきました。

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南ドイツで最も美しい教会のひとつといわれている聖ゲオルク教会について・・・・  
聖ゲオルク教会は町の中心で開かれる市に集まってくる人たちのために作られた小さな礼拝堂がその前身だといわれ、現在の教会は1448年に工事が始められ、20年ほどで外観部ができ、1492年に着工したアーチも7年で完成した。建物の各部分が比較的迅速に一気に建てられたため、ゴシック建築の全体としての統一がよく保たれている。(当時の教会は何百年という歳月をかけた継ぎ足し建築が多い)このことからもこの時代に町がいかに裕福だったかをうかがいしれる。教会内部はゴシックの特徴を生かし、天井が高く、側廊の天井がそのまま身廊の天井に続くため、広く明るい造りとなっている。中央祭壇の上部にはこの教会の守護聖人である、聖ゲオルクの浮き彫りが置かれている。聖ゲオルクは大地を荒らし凶作をもたらす竜を退治したとして、中世の頃農民の間で最も人気の高かった聖人である。教会の塔には16世紀になって屋上に八角堂が付け足された。昔はこの中に夜警が住み、塔の上から火事などの見張りをしていた。今でも祭りの時に、当時のいでたちをした夜警が登場する。


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ドイッチェスハウスについて・・・・・
教会の前には5つの美しい建物が建ち並んでいる。中でも有名なのは1600年頃に建てられた、左から3番目のドイッチェスハウス。南ドイツルネッサンス期を代表する美しい木骨組の家で、現在はホテル・レストランとして利用されている。木骨組の家はファッハヴェルクハウスと呼ばれ、各階ごとに独立した箱のようになっている構造物を積み上げて、それをかすがいで固定して作られている。地震の多い日本では考えられないが、柱は各階ごとにとぎれていて、上に行くほど外にせりだしている。木骨と木骨の間にはレンガや小さな切石、木の枝の束などが、ぎっしりと詰められ、その上から漆喰で固め、壁が建物の重要な支えとなっている。柱と梁が建物の支えである日本建築とは根本的に違う造りである。正面壁面には木部に彫刻や彩色が施され、また木骨そのものの組み合わせが美しい幾何学模様を描き出し、壁面を飾っている。
向かって一番左の、鐘楼と時計塔がのっている赤っぽい壁に白い窓という建物は、16世紀に再建された市参事宴会場の建物で現在はインフォメーションや図書館として利用されている。ここは当時、市の迎賓館も兼ねていたためスウェーデン王グスタフ・アドルフや、神聖ローマ帝国皇帝カール5世なども宿泊している。
ドイッチェスハウスの一軒おいて右隣の黄色い建物は、1600年頃にできたシュランネ、つまり穀物倉庫だったところで、現在は町の祝祭ホールとして利用されている。町にはこの他に2つのシュランネがあり、この事からも当時の町の裕福だった様子が伺える


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上の写真は東門のヴェルニッツ門を旧市街の中から眺めたものです。
下の写真は門を出て旧市街側を眺めたものです。
門のすぐ外側には疎水が流れ、カモが泳いでおり撮影しました。

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ディンケルスビュールで昼食(NO15)

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我々はローテンブルクを午前中に観光し、10世紀頃生まれた市場町であるディンケルスビュールへ昼頃に到着し真っ先に昼食を取るレストランへ向かいましたが、添乗員の手違いで反対方向へ歩いてしまい自然に市内観光をしてしまいました。
ディンケルスビュールは、城壁から旧市街へ出入りする門が4箇所完全に残っており、我々は東門のヴェルニッツ門を一旦出た直ぐ近くにレストランはありました。
このレストランには中世の戦いに使った鎧やサーベル・短銃・槍などが至る所に飾られており、ちょっとした美術館のようでした。


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ここでもスープに酢漬けの野菜の上にソーセージが乗っているメインデッシュにデザートとして大きなアップルパイが出ました。
ドイツ人は生野菜を殆ど食べる事無く酢漬けにしたものを食べ、ビタミンはパンで補充していると話がありました。
また、ドイツではソーセージが400種類位あり、更に地ビールは5000種類位あるそうです。
ビールは日本のように冷やして飲む事はなく、最初にビールを造ったのは修道院だそうですがビールへジュースや玉子、レモンソーダ等を混ぜて飲む事が多いそうです。
我々の飲んだビールは冷えてましたし、美味しくジョッキも飲む場所でそれぞれ特色があり、日本のジョッキとは違い量もタップリあり私には嬉しい事でした。

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私は普段から夜はビールが主食でツマミは沢山食べますがご飯は食べません。
私は夜食や間食をする事も殆どなく、ましてや甘いデザートなどは自宅で食べる事はありませんでした。
今回の旅行では必ず食事にデザートが付くので、折角のチャンスを逃す事も無く全て食べ、体験して来ました。
デザートは日本と比較すると全て大きい気がしました。

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雪の中を「ヴィース教会」」へ(NO16)

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我々はローテンブルクを午前中に観光し、ディンケルスビュールで昼食を取り散策した後、ロマンチック街道の終点フュッセンの近く、世界遺産にも登録されている「ヴィース教会」を見物しました。
ドイツでは日本と違い南へ下るほどスイスに近くなり高度も上がり寒くなるようで、ディンケルスビュールを出て「ヴィース教会」へ向かう途中から大雪になりましたが、我々が乗ったバスはスノータイヤを履いていたのか
教会近くの細い雪道を平気で走り続けました。
但し、雪道で時間は掛り予定時間をオーバーし「ヴィース教会」門限午後6時を過ぎてしまいましたが、バス停から大雪の中を歩いて行く我々を教会職員が見付け扉を開けて我々を迎えてくれました。


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我々は「ヴィース教会」について何も事前に調べておらず、この扉を開け中に入って、あまりの豪華さと美しさに驚きの声を上げてしまいした。
教会内部は撮影禁止と言う事で感動を忘れないように、細部に亘り頭の中に記憶させようと見続けました。

教会11


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しかし、日本に戻りネットで検索すると「ヴィース教会」内部を撮影した写真が膨大な数出て来て驚きました。
内部の写真は全て公開されている写真をお借りし公開しています。
この教会の内部は、外観からは想像もつかない華やかな装飾に満ちていて、18世紀ドイツ・ロココ建築の最高傑作とされているそうです。
ロココ様式はフランスで生まれたものですが、ドイツのロココはそれに後期バロック様式の要素も加わった独特のもので、バロックのような威圧感はなく、華やかさの中に抑制のきいたドイツ・ロココは、宗教建築でも盛んに持ちいられたそうです。


教会2


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「ヴィースの奇跡」と言われる伝説とは?
1732年、ヴィース教会に近いシュタインガーデンの修道院に「鞭打たれるキリスト」の像がもたらされました。しかし、このキリスト像は血を流す姿があまりにリアルで悲惨だったため、嫌われて飾られることなく修道院の屋根裏に8年も放置されたままになってしまいました。それを見つけたマリア・ロリーという名の農婦が哀れに思ってこの像を譲り受け、熱心に祈りを捧げ続けました。すると、数ヵ月後の1738年6月14日、なんとキリストの像が涙を流し始めたのでした。
 この奇跡に驚いたロリー夫妻は、この像「鞭打たれるキリスト」のを牧草地にあった小さな礼拝堂に安置しました。この奇跡はまたたくまに広がって、やがて多くの人が巡礼してくるようになりました。その後、この像を拝んだら病気が治ったという新たな奇跡話なども加わり、巡礼者がどんどん増えて小さな礼拝堂では手狭になってしまいました。
 そこで新しく建設されたのが今日の「ヴィース教会」です。尊いキリスト像を粗末に扱ったことを後悔しショックを受けていたシュタインガーデンの修道院長が新しく立派な巡礼教会を建てることを発案し、先頭に立って寄付を集め、建設資金の調達をしました。

ヴィース教会の設計はドイツ宗教建築の第一人者ドミニクス・ツィンマーマンに依頼されましたが、天井画などは彼の兄ヨハン・バプティスが担当。1746年に建築が開始され、ツインマーマン兄弟が情熱を傾けた教会は54年には「献堂式」が行なわれ、その3年後に内部工事などすべての工事が終了しました。60歳でこの仕事を請け負ったドミニクスは、残りの生涯を懸けてヴィース教会の建築に心身を砕き、完成後も80歳で亡くなるまでこの教会の近くに住み続けたそうです。


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教会の外部には照明もなく教会全体を撮影するのは私のカメラでは不可能でした。

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この小さな教会がある先にあり我々のバスが停まっている駐車場があり、「ヴィース教会」までは暗い雪の中を200~300m歩きました。

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ディンケルスビュールのスーパーにて(NO17)

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ディンケルスビュールで昼食を取り散策した後、マルクト広場の一角でワインを売るスーパーマーケットへ添乗員の勧めで入って見ました。
このスーパーの入り口には黒板に白墨で大きく「おにぎり」と日本語で書いた看板があり驚きましたが、その他3枚の黒板にも同じ様に白墨で何語か分かりませんが書いて掲示してありました。
このスーパーはワインの販売で有名だそうですが、中へ入ると日本にある普通のスーパーと殆ど変りませんでした。

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販売されている商品を見ても果物や野菜は日本と殆ど変りませんでした。
このスーパーには日本から訪れるツアー客は必ず寄っているようです。
我々のツアーに参加していた若い女性はこのスーパーで安いチョコレートをお土産用として大量に購入していました。

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我々が訪れた11月の初めでしたが既にクリスマス用品も売られたいました。
さて、私が驚いたのはこのスーパーで一時期に日本人が大勢大量な商品を購入し、一つしかないレジでそれも店主が日本のように手際が良くなくレジの前は長蛇の列になりました。
その列の中に地元の若い男性が一人パンやコーラ等を購入し長時間待たされていましたが、全く文句を言う事もなく、大人しく素直に並んで順番が来るのを待っていました。
この男性は大学生位だったのか、外に出ると若い男女が乗った車が待っており購入したものを持って乗り込みましたが、この時にも待っている仲間達に「日本人が大勢いて待たされ疲れたよう」と言うのかと思いました、乗り込んだ様子から、乗り込んだ男性は勿論待っている仲間からも、言葉は分かりませんがそのような感じは全くなく私はその躾の良さに清々しく爽やかな気分になりました。


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雪のノイシュバンシュタイン城を(NO18)

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昨日はローテンブルクを午前中に観光し、ディンケルスビュールで昼食を取り散策した後、ロマンチック街道の終点フュッセンの近く、世界遺産にも登録されている「ヴィース教会」を見物し、フュッセンのホテルへ泊り翌24年10月29日に待望の雪の「ノイシュヴァンシュタイン城」を見物しました。
この日は昨日の雪が上がり途中から晴れて来ました、バス停から城へ登る道路には雪が残り、通常運行されている送迎バスが休止し、30分位歩いて登るか、馬車に乗るかでした。
我々夫婦は馬車を選択しましたが、馬車を利用する観光客が集まらず待たされたため、結局キャンセルし歩いて登る事にしました。
道路には雪が残っていましたが、溶け始めて凍って滑るような事はなく、そんなに苦労する事無く登る事が出来ました。

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「ノイシュヴァンシュタイン城」は、ルードヴィッヒ二世がただただ自らのイメージを具現化することを考えて、建築家ではなく舞台美術担当に造らせたと言う事で(1845年~86年)、現実に戦いを経験した城砦でもなく、王侯が豪奢に暮らすために作った宮殿でもなく、特に雪の中で見た外観の非現実的な美しさには圧倒されます。
「ノイシュヴァンシュタイン城」は外観の美しさから、我娘達が大好きなディズニーランドのシンデレラ城のモデルにもなっているそうです。
上の写真は坂道を登りながら「ノイシュヴァンシュタイン城」を撮影しましたが、向かって右側部分は一部修復中でテントで覆われていました。

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上下の写真は下から登り切った「ノイシュヴァンシュタイン城」のビューポイントにある展望施設から撮影したものです。
「ノイシュヴァンシュタイン城」の外観は殆ど白亜の城と言うように、白色を基調にしていましたが、正面入り口はピンク色のモザイクの壁になっていました。

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この城は1886年と近代に建てられ、石造りのように見せかけて、内部には鉄骨が走り、壁も積んだ石そのままではなくレンガ造りに化粧石なのが工事中の扉の隙間から見えたりします。

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「ノイシュヴァンシュタイン城」について・・・・・
絶壁の上にそびえる白亜の美しい城で、ドイツでは観光客に最も人気のある城。バイエルン国王ルートヴィッヒ2世が心酔していたワーグナーのオペラ「ローエングリン」と「タンホイザー」に登場する騎士の城を再現しようと、国庫を傾け築いただけあって、内部は絢爛豪華。外観が白鳥のように優美なのとは反対に、金が多用された派手派手しいもので、王座の間、寝室、歌人の間など、どこも目がくらまんばかり。ルートヴィッヒは国費を遣いすぎたために晩年幽閉されてしまい、夢の城で過ごせたのはわずか100日あまりだとか。現在この城がバイエルンでも最高の収入源となっているのも皮肉なものです。

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ここから先は撮影禁止になっており内部の写真はネットに掲載されているものをお借りしました。

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「歌人の広間」毎年9月に、ここでコンサートが開かれるようです。

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「玉座の間」ビザンチン様式の応接間ですが玉座は未完成のままでした。
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「王の書斎」ルートヴィッヒ2世が愛したワーグナーの戯曲をテーマとした油絵が飾ってあります。

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「王の居間」人工的に作られた鍾乳洞を抜け、室内庭園を過ぎると王の居間、4本の柱と豪華なシャンデリアが目を惹きます。

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ビックリするような近代的な台所には驚きました。
水道からはお水とお湯の両方が出るし、オーブンもあるようです。
お城の中は外観の「中世」ノイシュヴァンシュタイン城とは全く違い、当時最新のテクニックが駆使され、セントラルヒーティング、水道、お湯、水洗トイレ、電話、食事を運ぶためのエレベーターなどなど、贅沢な装置あったようです。

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ユーロパーク ホテルインターナショナルに(NO19)

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我々のツアー旅行3日目となるH24年10月28日(日)はローテンブルク、ディンケルスビュール、ヴィース教会を観光し、フュッセンのノイシュバンシュタイン城に近い「ユーロ パーク ホテル インターナショナル」へ宿泊しました。
ホテルは庶民的な感じ、ホテルのオーナーは日本で生活をした事があるようで我々にハッキリとした日本語で「元気」とか声を掛けてくれました。
このホテルは日本人を中心に宿泊させているようで、我々以外にも日本人ツアー客が大勢いました。

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部屋はコジンマリとした感じでテレビは日本では珍しくなったブラウン管のテレビを使用していました。

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今回のツアー旅行で唯一バスタブがないシャワーのみのホテルとなりました。
ここの洗面台は大きく水を溜める所が二つに分かれ蛇口もそれぞれあり、一度に二人が利用できる様にしてありました。
果たして二人で一緒に利用する事があるのか疑問に思いましたが?

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このホテルの夕食時は若いハンサムな清潔感のある男性達が統一したユニホームでビールを運んでくれましたが、ジョッキが日本の安い居酒屋で出てくる様な感じで少し寂しい感じがしました。
料理は私の苦手な「ロールキャベツ」がメインとなり、添乗員からカレーライスが食べられと聞いてご飯は満足出来ませんでしたが、ロールキャベツに手を出さず少し薄味のカレーで我慢しました。

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ドイツ人は野菜は酢漬けをしたものを食べ、生野菜は殆ど食べないとありましたが、このホテルは日本と同じ様な感じでサラダを頂く事が出来ました。

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私は日本食が大好きで、毎朝ご飯に味噌汁、納豆、玉子、海苔を食べ、昼には麺類が大好きで殆ど毎日のようにラーメン、週に1回程度はカレーを食べ、夜はツマミにビールでご飯は食べない生活をしています。
ここのカレーは全体的に味の薄い感じがしましたが、旅行中に食べていたパンとベーコン、チーズ、肉と比較すると日本食で嬉しくなりました。

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朝食はバイキングでしたが日本食の用意もしてあり、ご飯、生卵、海苔に醤油があり、味噌汁と思われるものまで用意されていました。
味噌汁と思われるものは味が薄く味噌の味が殆ど分かりませんでしたが。
それでも純和風好みの私には大変嬉しくなりました。

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雪の「ホーエンシュヴァンガウ城」を臨む(NO20)

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先日このブログに公開した「ノイシュヴァンシュタイン城」ですが、フィッセンのホテルからバスで30分位で登り口にへ到着し我々が待機した土産物屋の直ぐ上に雪の「ホーエンシュヴァンガウ城」が見えました。
「ノイシュヴァンシュタイン城」を建設したルートヴィヒ2世は幼年時代をこの「ホーエンシュヴァンガウ城」で過ごしたそうです。
1832年、マクシミリアン2世が12世紀に建設され廃墟になっていたシュヴァンシュタイン城を購入し4年ほどの歳月を費やし、古城を改築したのが「ホーエンシュヴァンガウ城」だそうです。
ルートヴィヒ2世が建設した城はシュヴァンシュタイン城に新しいと言う意味の「ノイ」を付けて「ノイシュヴァンシュタイン城」としたようです。

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我々は内部を観光しませんでしたが説明によると「ノイシュバンシュタイン城」は虚構の城ですが「ホーエンシュヴァンガウ城」地味ながらも本物の城で、ヴィッテルスバッハ家の城でルードヴィッヒ2世も幼少期をこの城で暮らしており、彼の部屋も残っていてバイエルンのライオンとこの土地ゆかりの白鳥のモチーフの燭台や椅子など見ることが出来るそうです。
バイエルン王家だけあって部屋の内装、家具調度品、銀食器などの素晴らしく生活を感じさせるものが残っていて、それが虚構の「ノイシュバンシュタイン城」との違いで、外観はともかくとして内部はこちらの方がしっくり来るそうです。我々は内部の観光が出来ず残念な気がしました。

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この日は昨日の雪が上がり途中から晴れて来ました、バス停から城へ登る道路には雪が残り、通常運行されている送迎バスが休止し、30分位歩いて登るか、馬車に乗るかでした。
我々夫婦は馬車を選択しましたが、馬車を利用する観光客が集まらず待たされたため、結局キャンセルし歩いて登りましたが、登る途中で何台もの馬車に遭遇しました。
ガッシリとした大きな馬2頭が御者以外にお客を6~7人位乗せ、シッカリとした足取りで登り降りをしていました。

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Appendix

アルバム

当ブログで掲載した写真たちです。

プロフィール

まさゆき

  • Author:まさゆき
  • 釣り好きのまさゆきからテニスに変わり、相変わらずテニス好きのゆきえの合計年齢140歳に後一歩の夫婦ブログです。家庭菜園と飲む事は夫婦ともに大好きです。更に夫婦で安いツアー旅行にビール片手で出掛ける事が二人の至福の喜びでしたが、29年12月末から愛犬ミルクが家族となり生活が一変しました。
    静岡市在住;