静岡の合計年齢110歳を少し?越えた釣り好きの夫とテニス好きの妻が身近の他愛も無い出来事を書いています。


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ローマ市内の遺跡を車窓から撮影。

20.3.15〜イタリア 01426

以前にローマ市内は7〜8m掘れば全ての場所で遺跡が出現し、地下鉄を掘りたくても一向に進まないとか、ローマ市街には500年以上前に建てられた建物が立ち並び、今でもその建物で普通に生活している事に驚いたと書きましたが、バスの車窓からも次々に珍しい遺跡や建物が現れます。
20.3.15〜イタリア 01726

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コロッセオに向かう途中で比較的大きな遺跡が車窓から見えたので、適当に動くバスから撮影しました。
バスの窓には紫外線除けか色が付いていた為、少し写真の色が可笑しいかもしれません。
ローマの中心街で建物の直ぐ横に神殿跡のような遺跡があり、特に印象的で公開します。
20.3.15〜イタリア 01626


20.3.15〜イタリア 04626

ヴェネツィア広場からヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂の脇を抜けてコロッセオ方面に伸びる一直線の広い道は、フォーリ・インペリアリ通りと呼ばれているそうで、ムッソリーニが計画した政策道路の一つで、多くのローマ遺跡を埋めて造られたと言われるだけあって、両脇にはフォロ・ロマーノを含めた多くの遺跡があるそうです。
20.3.15〜イタリア 03926


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上下の写真はテルベ川です。
20.3.15〜イタリア 00326

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下の写真はローマのたいていの高台から白々と見える、超巨大なウエディングケーキみたいなヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂だそうですが、正面の建物は修理中でした。

20.3.15〜イタリア 03126




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  1. 2008/07/18(金) 22:10:51|
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憧れの「ポンペイ」を観光。

20.3.15〜イタリア 26833

私は子供の頃学校で習ったヴェスヴィオ火山 の噴火により埋もれてしまった「ポンペイ」は今度のイタリア旅行で最も期待をしていた観光スポットです。
我々がここを訪れたのは3月の後半でしたが、我々が参加したイタリアツアー旅行は4月になるとコースが変更され、「カプリ島の青の洞窟」を観光しポンペイはコースから外れる為、どうしても3月までに旅行をする必要がありました。
20.3.15〜イタリア 47126

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ローマから高速道路を南下しナポリを通過、ポンペイに到着するまでの間に、この頃ニュースで問題になっていたイタリアナポリのゴミ問題の現実の姿を見る事になりました。
高速道路から見ると、その側道の至る所にゴミの山があり、極めて汚い感じがしました。
EUの中でも問題として改善を迫られていた事から今頃は綺麗になっているのかな?
さて、我々がこのポンペイの遺跡に到着し、観光しようとバスを降り入口まで少し歩く間、雨が降っていましたが、遺跡に入ると運の強い我夫婦を遺跡は歓迎し一気に晴れ上がり、後方のヴェスヴィオ火山まで姿を見せてくれました。
このポンペイのスケールの大きさに加え、こんな街が紀元前にヨーロッパでは形成されていた事に驚き感動しました。
20.3.15〜イタリア 47526

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説明によると・・・・
ポンペイは長靴のようなイタリア半島の南の方にあり「サンタルチア」という歌で有名なナポリの近くにあります。
紀元前800年頃(日本では縄文時代になります)町が作られました。ポンペイはイタリア北部と南の海を結ぶ中継地点で、貿易で栄えるようになり、紀元前525年にはギリシアに支配され、紀元前310年に今度はローマに支配されます。 しかし地中海と結ぶ貿易港として農業(ワイン・オリーブ油)、漁業、商業が盛んでした。
紀元前62年大地震が起き多くの家々はつぶれてしまいます。しかし復興も早く以前にまして栄えるようになります。(日本ではようやく弥生時代に入った頃です)

紀元79年8月24日正午過ぎ近くのヴェスヴィオ火山が突如火を噴き、天高く燃え上がる火柱巨大な火山灰のキノコ雲たちまち太陽は覆い隠され暗闇となったそうです。(当時の近くの住人プリニオという住人がくわしく書き残してあったそうです)
当時ポンペイの町は東西1km、南北800mで城壁に囲まれた小さな町であり人口は1万人〜2万人ほどであったようです。
 熱い火山礫が最初降ってきて続いて火山灰が降りかかり、火砕流が町を襲い町は火山灰の下に埋まってしまったとありました。


20.3.15〜イタリア 50726

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マリーナ門から坂道を上ったところに開けている長方形の広場がフォロ(公共広場)で、長さ142m、幅38mあり、政治、経済、宗教の中心地だった場所だそうです。

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道を隔てた北にはコリント式円柱の保存状態もいいアポロの神殿、広場の北辺にはヴェスヴィオ山に背を向けるようにジュピターの神殿が広がっています。
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遺跡の中にある出土品が保管されている倉庫には膨大な色々の形をした瓶や土器があり、中には当時なくなった人間の形を石膏で複製した物まで展示されていました。
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道路には戦車や荷車が通過し、石が凹んだ輪だちが残っています。

20.3.15〜イタリア 58126

驚いたのはこの当時既に水道と下水道が完備されていたということです。 上の写真は鉛でできた水道管です。今から2000年ほど前にこんな文化が栄えていたとは驚きです。
20.3.15〜イタリア 58026

ここは確かお風呂ではなかったかと思います。床下を循環する熱い蒸気が室内を温めたそうです。

20.3.15〜イタリア 57026

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また道路交差点には公共水道が設置され水道の栓もあり、一般の人はその水道の水をかめに汲んで家まで運んでいって使ったそうです。
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当時、既にパン屋さんがあり、上の写真の石臼や、下の写真のパンを焼く窯が残っていました。
窯は今でもピザ屋さんにある窯に似ていますね。
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上の写真は石を鉄の鎹(かすがい)で繋いでいます。
20.3.15〜イタリア 63426

この先は墓地があり、更にその先に有名な秘儀荘がありますが次回ご紹介します。


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  1. 2008/07/14(月) 18:39:12|
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ローマの休日「スペイン広場」

20.3.15〜イタリア 23933

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「トレビの泉」を観光し、そこから歩いて映画「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン扮する王女がジェラートを食べたシーンでもおなじみのスペイン広場に到着しました。
広場からは、トリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」が延び、トリニタ・デイ・モンティ教会へと続く、この階段はフランチェスコディサンクティスによるもので 当初、フランスの外交官の寄付によって造られたものの、間近にあるスペイン大使館からこの名で呼ばれているそうです。
20.3.15〜イタリア 24826

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我々がここへ到着したのは夕方近くになっていましたが、ここにも大勢の若者達がスペイン階段に座って場所を占領し、写真を撮りたくても入り込むのに大変な程でした。
外国人の皆様は一つの観光スポットに長い時間を掛けジックリとノンビリと観光しているようですね。
日本人観光客の様に次から次へと観光スポットを忙しく見て回る習慣はないように見えました。
現在、広場での飲食は禁じられており、ローマの休日のシーンのようにジェラートを食べる事はできないそうです。
我々は階段で写真を撮影した後、階段の向かって右端にある僅かすき間を歩いて上に上りました。
20.3.15〜イタリア 26726

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下から見えた階段の上には大きな広場のような踊り場があり、そこから左にカーブしながら上に続く階段がまたあり、この階段にも大勢の若者が座っていました。
階段を登りきると、そこにはまた車が走りベッカム夫妻も宿泊したと言う超高級ホテルが目の前にあり町並みが出現し何か長い階段を登って来たのに変な感じがしました。
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上には画家が沢山いて絵を販売したり、この画家に似顔絵を書いて貰っている女性が何人かいました。
何かイタリアの街らしい光景ですね。
20.3.15〜イタリア 28226

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  1. 2008/07/06(日) 20:03:15|
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イタリアの花

20.3.15〜イタリア 30026

20.3.15〜イタリア 39526

我々が訪れた3月下旬のイタリアの気候は日本の我々の地元静岡と殆ど変わりませんでした。
この為、あちこちに植えられている花達も殆ど日本と変わる物はありませんでした。
上の写真はホテルの入り口に置かれていた花ですが、シクラメンを寄せ植えにしてありました。
個人の家庭でもシクラメンが多く植えられていました。
20.3.15〜イタリア 41126

高速を利用して走る車窓からは、低い木に白い花やピンクの花が咲いている所があり、私は桃の花かと思っていましたが、杏子の花だと言う事でした。
緑の牧草地の所どころにピンクや白い花が咲く光景は、日本の桜を思い出させ何か心が和みました。
20.3.15〜イタリア 44426

下は休憩所に植えられていたナンテンとその下にはパンジーが植えられていました。
全く日本と違いがありませんね。
20.3.15〜イタリア 41926

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下の花は何の種類か分りませんが撮影しました。
イタリアで植えられていた花で私が知っている名前は、パンジー・ベコニア・ゼラニウム・デゥモルフォセカ・シクラメン・ナンテン・ジュリアン・ポリアンサ等でした。
イタリア独特の花は見付かりませんでしたね。
20.3.15〜イタリア 72726

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  1. 2008/07/02(水) 23:51:13|
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トレビの泉は大勢の観光客が。

20.3.15〜イタリア 21426

20.3.15〜イタリア 20126

ローマ市内の「サンピエトロ寺院」「コロッセオ」を観光した後バスで少し移動し、ローマにある最も巨大なバロック時代の泉で、ローマでも有数の観光名所として賑わっている「トレビの泉」に到着しました。
「トレビの泉」もそうでしたがイタリアの観光地はバスで降りた場所から必ず相当歩いて観光スポットに辿り着くのが殆どでした。
イタリア旅行は70歳過ぎたら体力的に大変かも知れません?
この「トレビの泉」の周りは大きいコの字型になっており、階段状に観覧席がありますが、3方ビッシリと観光客で埋め尽くされていました。
20.3.15〜イタリア 19526

20.3.15〜イタリア 22126

ローマ市街には500年以上前に建てられた建物が立ち並び、今でもその建物で普通に生活している事に驚きを感じます。
また、ローマ市内は7〜8m掘れば全ての場所で遺跡が出現し、地下鉄を作りたくても一向に進まないとの話でした。
20.3.15〜イタリア 19926

20.3.15〜イタリア 20626

「トレビの泉」の説明によると:
この泉はポーリ宮殿の壁と一体となったデザインで、中央に水を司るネプトゥヌス(ポセイドーン)が立ち、左に豊饒の女神ケレス(デメテル)、右に健康の女神サルース(ヒュギエイア)が配置されている。これらはサルヴィの原案でブラッチが制作した。
ヴェルジネ水道(ウィルゴ水道、乙女の水道の意)の終端施設としての泉が場所を替えた後、今の位置になった。その後、泉はローマの建築家ニッコロ・サルヴィの設計で改造、彼の没後の1762年に完成した。


20.3.15〜イタリア 20326

20.3.15〜イタリア 21526

トレビの泉の「言い伝え」
後ろ向きにコインを泉へ投げ入れると願いが叶うという言い伝えがあり、投げるコインの枚数によって願いが異うそうです。コイン1枚だと再びローマに来ることができ、2枚では大切な人と永遠に一緒にいることができ、3枚になると恋人や夫・妻と別れることができるそうです。
3枚の願いはキリスト教が離婚を禁止していたという歴史の名残りだそうで、このコインは半分がカトリック系チャリティ団体に寄付されているそうです。
我々夫婦は勿論コイン2枚を後ろ向きで投げ入れました。

20.3.15〜イタリア 20526




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  1. 2008/06/30(月) 20:35:47|
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ローマのコロッセオ

20.3.15〜イタリア 17426

20.3.15〜イタリア 13826

前泊したフィレンツェから朝バスで出発し300キロ走ってローマ市内に到着し、最初にレストランで昼食を取り、最初にサンピエトロ寺院を見学し、そこからバスで市内を走りコロッセオの周りを回ってからから少し離れた所でバスを降りました。
ローマ市内はどこでも少し掘れば遺跡にぶつかるそうですが、このコロッセオの周りにも遺跡が沢山ありました。
さて、コロッセオのスケールの大きさと荘厳さに圧倒されました。
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説明によると:
コロッセオ (Colosseo) は、古代ローマ時代の建造物で、ローマ帝政期に造られた円形闘技場で現在ではローマを代表する観光地になっている。
長径188m短径156mの楕円形で高さは48mで45,000人を収容出来た。また、天井部分は開放されているが、日除け用に布を張る設備があった。皇帝席には一日中直射日光が当たらないように設計されており、また一般の観客席についても一日に20分以上日光が当たらないように工夫がなされていたとありました。

20.3.15〜イタリア 11026

20.3.15〜イタリア 12626

このコロッセオの中に入る事が出来るそうですが、我々は外側から眺めるだけでした。
中で見学している皆様の大きさから、このコロッセオの大きさが想像できると思います。
こんな大きな物を造る技術にも驚きますが、今日まで保存できた事が不思議です。

20.3.15〜イタリア 12026

20.3.15〜イタリア 13526

コロッセオに使用されている建材は、中世を通じて他の建築物に流用され続け、近くにある使い易い採石場とされていたそうです。
ここの大理石はサンピエトロ寺院にも使用されているそうです。
20.3.15〜イタリア 14826

20.3.15〜イタリア 20333

ここには中世の戦闘士の服装をした人が何人かいますが、ガイドさんの説明でこの戦闘士の皆さんと一緒に写真を撮ると10〜20ユーロ取られると聞いて、我々は近づきませんでした。
明日はローマの市民マラソン大会が開催される為、テレビカメラを設営する大きな台が用意されていました。
20.3.15〜イタリア 15526





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  1. 2008/06/23(月) 05:21:13|
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イタリアの車事情とオートグリル。

20.3.15〜イタリア 12233

20.3.15〜イタリア 37126

日本の高速道路はイタリアの自動車専用道を真似したそうですが、日本のようにクロッソイド曲線はなく、直線が多いように思いました。
日本のETCはテレパスと言われて同じように使われていました。
日本のサービスエリアと同じように「オートグリル」も途中にありますが、トイレは有料で0.2から0.3ユーロ必要となります。
ここでは日本と同じ様に色々な物が売られていて、ビックリしたのはビールやCD等も売られていました。
20.3.15〜イタリア 37326

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高速道路を走る車は全て明るい昼間でもライトを点灯し走っていましたし、ベニスなどの市街地でもライトを点灯し走っていました。
右側通行で高速でも100キロ前後で走っていると思いますが、トラックは走行車線を走り日本のように追越車線を走る車はありませんでした。
但し、我々が乗ったバスの運転手もそうでしたが、トラックの運転手は携帯電話をしながら運転するのが当り前のようで物凄い数の車が携帯電話をしながら運転していました。
トラックは日曜日には活動しないそうです。
20.3.15〜イタリア 39026

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20.3.15〜イタリア 13833

車窓から見る景色はイタリアの田園風景が多く、日本のように山の中を走ったり、トンネルに入ったりは少なかったと思います。
通過する村の前後に工場が多く立地し、高台には教会と糸杉があり、農家の庭にはオリーブが植えられ、あちこちに頭でっかちな笠松が植えられていました。
20.3.15〜イタリア 35926

糸杉は下に真っ直ぐ根を伸ばす為、昔土葬であった地域では木の根で墓地を壊される事がなく、植えられたと説明がありました。
建物が丘の上にあり、水をどう調達するのか心配になりますが、水がある低い場所にはマラリアを媒介す「蚊」がいたから、高台に住むようになったと言われているそうです。
また、ブドウ畑が多く生産は世界第2位で、イタリアでは赤ワインが8割を占めるそうです。

20.3.15〜イタリア 32826

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  1. 2008/06/18(水) 18:55:09|
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壮大な「サンピエトロ寺院」の内部は。

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私はこのイタリア旅行で最も感動したのがピサの斜塔の屋上からの風景とサンピエトロ寺院内部の圧倒的な迫力の荘厳さ壮大さです。
中に入ってきた人が皆、天井を見上げてその高さに感嘆しています。
少し先に進むと、クーポラ(ドーム屋根の部分)の天井が見えますが、そこはまた一段と高く180メートル以上もあるそうです。
このドーム部の真下に聖ペテロのお墓があるそうで、最近サンピエトロ寺院の地下の発掘調査が行われた結果、聖ペテロの墓と骨が発見されたということで、大きな話題となったそうです。
復活祭の前で大きな祭壇に向かって椅子が綺麗に並べられていました。
20.3.15〜イタリア 54026

荘厳でありながら全ての物が大きく、凄い迫力で迫ってきますが、私のデジカメではそれを表現する事が出来ず残念です。
ここは絵画もモザイク画であり、フラッシュ撮影が許されていました。
しかし一つ一つの絵画が大きすぎて、デジカメのフラッシュでは到底全てを照らす事が出来ず、全てISOモードで撮影をしました。
20.3.15〜イタリア 54126

大きな大きな寺院の内部は大きいからと言って大雑把に造られている訳ではなく、細部にまで彫刻が施され完璧に装飾されています。
20.3.15〜イタリア 54626

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大きさを実感して頂くには本物を見て貰う以外にありませんが、写真の下の方に写っている人間の姿と比較して下さい。
20.3.15〜イタリア 56826

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下の写真の中心部にある大きな祭壇が主祭壇です。
主祭壇の階段に人間が写っていますが、そこからこの巨大な祭壇を感じてください。
この主祭壇の下の礼拝堂にはサン・ピエトロ(聖ペテロ)の墓があるそうです
20.3.15〜イタリア 57726

主祭壇の上には思わず吸い込まれそうな大きな巨大な天窓があります。 
20.3.15〜イタリア 58026

20.3.15〜イタリア 59826新

20.3.15〜イタリア 61226

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上の写真は大きな大理石の彫刻ですが、色がカラフルで布で出来ているような感じであり、近づいて見直してしまいました。
下の人間と比較して下さい。大きさが分ります。
このサンピエトロ寺院の観光は1日では足りませんね。
20.3.15〜イタリア 62526



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  1. 2008/06/12(木) 18:51:30|
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サンピエトロ広場

20.3.15〜イタリア 48426新


前泊したフィレンツェから朝バスで出発し300キロ走ってローマ市内に到着し、最初にレストランで昼食を取りました。
その後、ローマで最初に訪れた場所がサンピエトロ広場でした。
バティカンはローマ教皇庁によって統治されるカトリック教会と東方典礼カトリック教会の中心地、いわば「総本山」だそうで、そのサンピエトロ寺院のスケールの大きさ偉大さに圧倒され、ミラノやフィレンツェの大聖堂を先に見ておいて良かったと思いました。
もし、サンピエトロ寺院を先に見たら、あの壮大なミラノやフィレンツェの大聖堂も霞んでしまうと思います。
20.3.15〜イタリア 48826新

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「バティカン市国」はローマ法王を国家元首とする独立国家で、テヴェレ川の西、面積0.44平方キロメートルほどの区域です。
世界一小さい独立国家だそうで、人口は第264代法王ヨハネス・パウルス2世をはじめ813人ということです。
この小国に入るには何の障害物もなく道路からそのまま入り、国境線が分りません。
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下の写真は出口のところには衛兵の小屋があり、有名な「スイスの衛兵」が立って警護をしています。スイスの衛兵のカラフルな制服は、ミケランジェロがデザインしたものといわれているそうです。

20.3.15〜イタリア 18833

バティカン市国に入り驚くのは、前に広がる楕円形の巨大な広場です。
長径240m、左右対称に柱列回廊が配され、その柱の数は284本、実に圧倒的なスケールで迎え入れられます。
我々が訪れた時期は復活祭の数日前で至る所に膨大な椅子が並べられていたり、そのミサの準備がされていました。

20.3.15〜イタリア 51826

20.3.15〜イタリア 49426

添乗員さんからサンピエトロ寺院に入るには、いつも膨大な観光客で1時間待ちは当たり前と言われ、更に復活祭の前で大混雑を予想していましたが以外と少なかったようです。
但し、飛行機並みの荷物チェックがあり1時間は待ちませんでしたが、かなりの時間並んで立って待っていました。
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20.3.15〜イタリア 51526

広場の中央にはオベリスクが建っています。
説明によると、もともとカリグラ帝が西暦37年にエジプトから運ばせたもので、その後16世紀末頃にここへ移設されたとありました。
このオベリスクをはさんで広場の右と左に大きな噴水が設けられています。 こちらはベルニーニ設計で左の噴水は、パリの コンコルド広場の噴水 のモデルにもなったそうです。
サンピエトロ広場の基本設計もベルニーニの手によるものだと言われているそうです。

20.3.15〜イタリア 49326

20.3.15〜イタリア 18433


この市国の中に、上記サンピエトロ寺院、歴代法王が収集した古今の美術品を納めた世界最大の博物館「バティカン博物館」、そしてミケランジェロの天井画で有名なシスティーナ礼拝堂などがありますが我々の観光ルートには入っていませんでした。
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20.3.15〜イタリア 63526新

上の建物の3階にローマ法王がいらっしゃるそうです。
20.3.15〜イタリア 61626新

20.3.15〜イタリア 52926新

この後、サンピエトロ寺院の内部を公開します。
20.3.15〜イタリア 63126




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  1. 2008/06/08(日) 07:29:15|
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フィレンツェの「サンタクローチェ広場」

20.3.15〜イタリア 23026

20.3.15〜イタリア 22226

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂・シニョーリア広場・ヴェッキオ宮殿と隣にあるウフィツィ美術館を歩いて見物し、更に歩いてサンタ・クサンタ・クローチェ広場ローチェ広場に到着しました。
この日は、フィレンツェから朝バスでピサの斜塔を観光し斜塔にまで登って来ており、午後戻ってフィレンツェを歩いての観光は本当に体力的に厳しいものでした。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から距離的には800m位だそうですが、観光しながら殆んど座る事がなく、歩く事が苦手な私が良く頑張ったものだと思います。
それだけ、次々に素晴らしく興味のある観光地があったからだと思います。
20.3.15〜イタリア 22126

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説明によると
サンタ・クローチェ聖堂は、フィレンツェにあるフランシスコ会の主要な教会で、カトリック教会のバシリカ。サンタ・クローチェ広場にあります。元々は市の城壁の外側にある湿地帯だったそうで、この聖堂は、ミケランジェロ、ガリレオ、マキャヴェッリ、ジョヴァンニ・ジェンティーレ、ロッシーニといった有名なイタリア人たちの埋葬場所でもあり、そのことから「イタリアの栄光のパンテオン」として知られているそうです。
聖堂はフランシスコ会の世界最大の教会であり、16の礼拝堂を有し、その多くはジョットおよびその弟子たちによって装飾されて、墓碑・記念碑もたくさんあるそうです。

20.3.15〜イタリア 22526

20.3.15〜イタリア 23126

我々がここを訪れたのは夕食前の時間でしたが、この大きな広場には大勢の人達が何をすると言うのでもなく楽しんでいるようでした。
西洋人と我々とは根本的に楽しみ方が違うような気がします。
私は東洋人の典型で、セカセカと落ち着きがなく、あちらこちらと歩き回りカメラで撮影しています。
しかし、次の観光地ローマのスペイン広場でも感じましたが、有名なスペイン広場の階段には大勢の若者が座っているだけで動こうとはしませんでした。
その場に座り何を楽しんでいるのか我々には理解できません。
20.3.15〜イタリア 22726

20.3.15〜イタリア 23126

イタリア旅行で東洋人を見る機会は本当に少なく、今までの海外旅行とは全く違いました。
ハワイ・オーストラリア・ニュージーランドでも中国人を初めとした東洋人が半数を占めているような気がしましたが、イタリアではミラノで傘を売っている中国人を見た以外殆んど気が付きませんでした。
これもイタリア旅行が好印象を得た理由の一つかも知れません。
20.3.15〜イタリア 23326

20.3.15〜イタリア 23526

20.3.15〜イタリア 23426

20.3.15〜イタリア 23826



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  1. 2008/06/03(火) 21:06:01|
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イタリア旅行で私の「充電システム」

20.3.15〜イタリア 24222

今回のイタリア旅行では担当される添乗員さんが直々に自宅に電話を頂き、最近のイタリア旅行の注意事項等を具体的に妻に教えて頂いたようです。
その中にスーツケース紛失等についても説明があり、貴重品は手荷物にする指示があったようです。
私はその話を聞き旅行で最も必要な物を考えた時に、パスポートは勿論ですが記念に撮影したメモリーの紛失に注意する事と、撮影するカメラの充電器が気になりました。
今回の旅行で充電を必要とするものは、ビデオカメラ・デジカメ・国際携帯電話・ニンテンドーDS等でした。

20.3.15〜イタリア 24522

20.3.15〜イタリア 25522

我家はイタリアでも対応可能な変圧器を2個持参し、更にそれに接続する二股コンセント等を用意しましたが、添乗員さんの注意事項により面倒でしたが1組は私の手荷物に入れ、撮影済のメモリーカードは全て腹巻に入れて絶対に紛失しない努力をしました。
今回はスーツケースが紛失しましたが、メモリーカード2ギガ1枚、1ギガ4枚は手荷物で確保されており、毎日の着る物には若干不便はありましたが、最も重要視していたカメラ撮影が問題なく出来た事により私は不便を感じませんでした。
我家は慎重派で、デジカメの交換電池もカメラに入っている以外に3個、ビデオカメラの電池もそれ以外に2個持参していました。
まさか、我々にはと思っていましたが、現実にスーツケースの紛失が起きると焦ってしまい、重要な物を手荷物に入れていた事で本等に助かりました。

20.3.15〜イタリア 24422

20.3.15〜イタリア 24722



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  1. 2008/05/30(金) 20:51:59|
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ウフィツィ美術館とヴェッキオ橋

20.3.15〜イタリア 19626

20.3.15〜イタリア 19926

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を見物し、そこから直線で下り大きなシニョーリア広場を観光し、ヴェッキオ宮殿の隣にあるウフィツィ美術館に入る事になりました。
この美術館に入るのは事前の予約が必要だそうで、更に入場するにも飛行機並みのボディチェックがありました。
ウフィツィ美術館は全て撮影禁止ですが、唯一建物を繋ぐ廊下からは許されていました。
上の写真は事務所として建てられた建物をウフィツィ美術館として利用している様子が分り、更にヴェッキオ宮殿の向こうにサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂が見えます。

ヴィーナスの誕生

上の「ヴィーナスの誕生」の写真はネットでお借りしました。
ウフィツィ美術館 は、メディチ家歴代の美術コレクションを収蔵する美術館で、イタリアルネサンス絵画の宝庫であると説明がありました。
イタリアのフィレンツェにあるイタリアルネサンス絵画で有名な美術館で、1591年より部分的に公開されており、近代式の美術館としてヨーロッパ最古のものの1つである。またイタリア国内の美術館としては収蔵品の質、量ともに最大のものである。1982年に世界遺産フィレンツェ歴史地区の一部として認定されている。
展示物は2,500点にのぼり、古代ギリシア、古代ローマ時代の彫刻から、ボッティチェッリ、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロらイタリアルネサンスの巨匠の絵画を中心に、それ以前のゴシック時代、以後のバロック、ロココなどの絵画が系統的に展示されている。

20.3.15〜イタリア 20826


さて、この美術館の直ぐ側にあるヴェッキオ橋全体がここの撮影が許されている廊下から綺麗に撮影出来ました。橋の右側から手前に「ヴァザーリの回廊」の屋根が綺麗にあります。
ヴェッキオ橋については:
アルノ川にかかるフィレンツェ最古の橋で、 橋といっても両側には彫金細工店や宝石店がぎっしりと並び、道路からそのまま入ると、橋とは気づかないほどの趣だそうです。
この橋がいわゆる橋のように見えないもう一つのわけは、宝石店の階上には、かつてのウフィッツィ宮とピッティ宮殿を結ぶ通路として建築家ヴァザーリの設計した「ヴァザーリの回廊」が通じているためだそうです。

20.3.15〜イタリア 20226

20.3.15〜イタリア 137726

この上下の写真はミケランジェロ広場から3倍ズームで撮影した物で、橋の右側にはウフィツィ美術館の建物が見えます。
20.3.15〜イタリア 137526





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  1. 2008/05/29(木) 20:44:56|
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フィレンツェの街を散策

20.3.15〜イタリア 00326

20.3.15〜イタリア 00126


フィレンツェではバスを降りて昼食を取り、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 、ヴェッキオ宮殿 、ウフィツィ美術館 、サンタ・クローチェ聖堂等を歩いて散策しました。
この日、午前中はピサの斜塔に登ったりして観光し、フィレンツェに戻りまたまた歩いての観光で歩くのが苦手の私は大変疲れてホテルに帰り腰が痛くなってしまいました。
20.3.15〜イタリア 004新

20.3.15〜イタリア 008新

フィレンツェの観光スポットにある建物は殆どが4階建て前後の高さで統一されていました。
車の通行は制限されているようですが、時々許可されているのか車が走って来ました。
20.3.15〜イタリア 107新

20.3.15〜イタリア 102新

歩いていても、いたる所に古い建物が残っており観光スポットだらけです。
このイタリア旅行で驚いたのは、最初に「耳太郎」と言う小さな無線の受信機を渡され、ガイドさんや添乗員さんがこれを使って日本語で詳細な説明をしてくれます。
歩いている時もこの「耳太郎」からガイドさんの声が聞こえている間は安心ですが、聞こえ難くなったら要注意で、迷子にならないようにガイドさんや添乗員さんを探します。
20.3.15〜イタリア 111新

20.3.15〜イタリア 140526

今回の旅行では普段出掛けるお年寄りが多いツアー旅行と比較すると、比較的我々の年代と同じ位の団塊の世代が多かったように思います。
これだけ歩く観光が多いと歳を取ってからは一緒に付いて観光するのが大変かもしれません。
この為、普段ツアーでは集合時間に遅れたりする人がいるものですが、今回はそんな事が殆どありませんでした。
こんな所で放り出されても困ってしまいますから、皆さんが緊張していたのかも知れません。
20.3.15〜イタリア 24126

20.3.15〜イタリア 21726

上の両サイドにあるアパートは一見すると高級な感じはしませんが、ガイドさんの話では大変な高級住宅地であり、入り口には部屋の数だけボタンが付いた様々な豪華なインターフォンが設置されておりました。
入口から奥が見えるお宅があり、写真を撮影してしまいましたが、更に奥にも通路のような部分が見えますね。
20.3.15〜イタリア 24226



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  1. 2008/05/24(土) 18:08:15|
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ヴェッキオ宮殿のあるシニョーリア広場へ

20.3.15〜イタリア 11233


サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を見物し真っ直ぐに歩いて来ると、ヴェッキオ宮殿の前にある大きなシニョーリア広場に出ました。
ここは大きな広場で、たくさんの観光客で埋まっており、イタリアの街の中にはこのような広場が所々にあり、防災の役目を果たしていたとの話があります。
日本でもそうですが、昔の人は今では想像も出来ないような事を考え都市計画がなされていたようですね。
20.3.15〜イタリア 16326

20.3.15〜イタリア 14926

フィレンツェにあるヴェッキオ宮殿についての説明によると:
この宮殿は1299年から1314年にかけてアルノルフォ・ディ・カンビオによって建設され、初めは、フィレンツェ共和国の政庁舎として使われ、一時、メディチ家もピッティ宮殿へ移るまでここを住居としていた。1550年から1565年の間に、ジョルジョ・ヴァザーリによって部分的に改築された。現在でも、フィレンツェ市庁舎として使われている。内部は、「フランチェスコ1世の仕事部屋」「500人大広間」「レオ10世の間」「ゆりの間」などの部屋に分かれている。
2007年5月、イタリア文化庁は、レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画「アンギアーリの戦い」が500人大広間にあるヴァザーリの壁画の裏側に隠されていると発表したとありました。

20.3.15〜イタリア 11826

このヴェッキオ宮殿の隣に「ビーナスの誕生」で有名なウフィッツィ美術館の入り口があります。
20.3.15〜イタリア 10933

ヴェッキオ宮殿の前にはいくつかの彫刻があり、「ダビデ像」のレプリカもありました。本物はアカデミア美術館にあるそうです。
ベッキオ宮殿の入口の上部にはライオンが2頭と紋章があしらわれていました。
20.3.15〜イタリア 11633

20.3.15〜イタリア 18626


20.3.15〜イタリア 13026

20.3.15〜イタリア 12926


この広場には、ロッジア(=回廊)があり、有名な像がたくさん置いてあります。
14世紀終わりに集会所として建設されましたが、古代およびルネッサンスの屋外彫刻ギャラリーとなっています。
我々は歩き疲れてしまいロッジアの前にある階段に座って休んでいました。
20.3.15〜イタリア 12426

20.3.15〜イタリア 14626

20.3.15〜イタリア 14526

20.3.15〜イタリア 19226

20.3.15〜イタリア 11533

下の写真はメディチ家の中でも評判の高い、コジモ・ディ・メディチの像だそうです。
20.3.15〜イタリア 16026

20.3.15〜イタリア 10833

20.3.15〜イタリア 15826

20.3.15〜イタリア 15926



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  1. 2008/05/22(木) 18:43:54|
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イタリアの車は小型が多い。

20.3.15〜イタリア 139826

ミケランジェロ広場からフィレンツェの街中にバスが入って来ると、小さい小型車が多い事とバイクが非常に多い事に驚きました。
遠くから見てフィレンツェの町は中世の雰囲気を想像していましたが、観光地の外の町並みは雑然として騒々しい感じがしました。
台湾に旅行した際もバイクの多さとマナーの悪さに加え車の汚さに驚きましたが、イタリアも道路や建物は違いますが車事情は案外似ているようです。
添乗員さんから車は横断歩道でもスピードを落とさない車が多いから注意するようにと話がありました。

20.3.15〜イタリア 113926

20.3.15〜イタリア 139126

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂がある地域は車両の進入が禁止されており心配はありませんでしたが。
イタリアでは道路が狭く小型車が多いようですが、狭い道路に馴れているせいかバスの運転手さんを初め運転技術は本当に感心してしまいました。
ポンペイを見学した後、バスは細い道に入り下って行きましたが、大きな道路に出る最後の部分が工事中でUターンも出来ずバックでそのまま曲がりくねった坂道を登り切った時は我々全員拍手喝采でした。
日本なら当然看板やガードマンが途中で車両の通行が出来ない旨の知らせがあると思いますが、イタリアらしいですね。
20.3.15〜イタリア 43722

20.3.15〜イタリア 138926

ガイドさんの話ではユーロ圏から観光バスがドンドン入ってくるようですが、イタリア以外のヨーロッパの運転手さんは道路の狭いのに苦労しているとの話がありました。
車の汚いのは、イタリアでは車を洗車すると言う習慣が無いとの話でした。
20.3.15〜イタリア 41922

20.3.15〜イタリア 194新




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  1. 2008/05/20(火) 18:58:33|
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フィレンツェのシンボル「大聖堂」へ

20.3.15〜イタリア 01126

20.3.15〜イタリア 08733

ピサの斜塔を観光し、フィレンツェに戻りミケランジェロ広場からこのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の遠望を見て市内に入りました。
正規のバス昇降所は大聖堂から離れている為、我々は違反をしてサンタ・マリア・ノヴェッラ駅近くで急いで下車した様な記憶があります。
北京飯店で昼食を取り、イタリアのゴシック建築および初期のルネサンス建築を代表するフィレンツェのシンボルとなっている巨大なドームが特徴的な大聖堂へ向かいました。
細い通りの街中に突然、石積み建築のドームとしては現在でも世界最大と言われている大聖堂が見え、またまたオーッと感嘆声を上げてしまいました。

20.3.15〜イタリア 01626

20.3.15〜イタリア 01726

ドォーモの横に立つ鐘楼は、"ジョットの鐘楼"と言われているそうで、 有名画家であり建築家でもあったジョットが設計し建築を始め1337年、鐘楼の一番低い部分を完成させたところで死去してしまい、その後、アンドレア・ピザーノ(1290-1349年)とフランチェスコ・タレンティ(1325-1369年)によって、建築が続けれられ、完成されたそうです。
3色の大理石による装飾と窓の装飾が繰り返され、彫刻も施された素晴らしい建造物でした。
20.3.15〜イタリア 01526

20.3.15〜イタリア 08626

20.3.15〜イタリア 02726

説明によるとサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は1296年から140年以上をかけて建設されたそうです。
外装は白大理石を基調とし、特に印象に残ったのは緑とピンクの大理石によって装飾され、イタリア的なゴシック様式に仕上がっています。
クーポラとランターン(採光部)は初期ルネサンス、そして19世紀に完成したファサード(正面)はネオ・ゴシックによる混成様式で全長153m、最大幅90m、高さ107m。八角形の大クーポラの内径は43m。聖堂の大きさとしては世界で4番目に大きいそうです。

20.3.15〜イタリア 03126


20.3.15〜イタリア 03426

大聖堂と向き合ってサン・ジョヴァンニ洗礼堂があります。
ここにミケランジェロが「天国への門」と呼んで賞賛した言われている金色にピカピカに光った扉がありました。現在の扉はレプリカで、本物はドゥオーモ付属博物館に所蔵されているそうです。
静岡の県立美術館にはロダン館があり、ここに対照的な重々しいブロンズで造られた「地獄の門」があります。

20.3.15〜イタリア 05026

20.3.15〜イタリア 06426

大聖堂の内部に入りましたが極めてシンプルな感じがしました。
先に見たミラノの大聖堂やヴェネティアのサンマルコ寺院、最後に見た巨大でありながら荘厳さがあるサン・ピエトロ大聖堂のような装飾はされておらず、何か物足りなさを覚えるくらいシンプルでした。

20.3.15〜イタリア 06626

20.3.15〜イタリア 04826

20.3.15〜イタリア 06226

高さ約90メートル登ることも出来る、クーポラに描かれたフレスコ画「最後の審判」に目を奪われてしまいます。
下から見るとそんなに大きくは見えませんが、八角形のクーポラの内径は43mもあるそうで、どうしてこんなに高く大きな面積にフレスコ画が描けるのか不思議ですね。
20.3.15〜イタリア 06826

20.3.15〜イタリア 10333

外から望遠レンズでクーポラ部分を見ると何人もの人が観光していました。
ここはヴェネティアにある鐘楼とは違い、エレベーターはなさそうなので階段では大変でしょうね。
我々が階段を使って登ったピサの斜塔の高さとは比較にならないようですね。
20.3.15〜イタリア 09026

20.3.15〜イタリア 10026

大聖堂の大理石で造られた幾何学模様の壁面は本当に感動しました。
20.3.15〜イタリア 09826




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  1. 2008/05/18(日) 14:11:14|
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ミケランジェロ広場からの遠望

20.3.15〜イタリア 08033

20.3.15〜イタリア 138126

我々は前日フィレンツェに泊まり、そこから朝起きてピサまで行って観光し、またフィレンツェ戻ってきました。
フィレンツェの最初の観光地が、アルノ川対岸にある小高い丘の上で、フィレンツェの街が一望できるミケランジェロ広場でした。
ここからはドゥオモのクーポラ(丸屋根)の全景が見え、ヴェッキオ橋、ヴェッキオ宮、サンタ・クローチェ教会等、街全体がひとつの大きな美術館のような町並みを見る事が出来感動しました。
ピサでも感じましたが、これだけ大きな面積を中世の町並みそのままに保存している事に驚き敬服しました。
興ざめをさせてしまいますが、ここには厳しい建築条例があるようで住んでいる皆様はそれなりに大変な面もあると思いますが、それを維持させている努力は本当に素晴らしいと思います。
下はミケランジェロ広場から望遠で見たヴェッキオ橋です。
20.3.15〜イタリア 136626

20.3.15〜イタリア 136326

この広場にあるミケランジェロの「ダヴィデ像」はコピーだそうですが、彫刻は本物もコピーも変わらないと思います。
私が住んでいる近くにある静岡県立美術館には「ロダン館」が併設されており、ロダンが製作した「考える人」や大きな「地獄の門」がありますがこれはコピーと言うのでしょうか。
「地獄の門」にはその製作過程が写真で詳細に展示されていますが、私は1年以上の歳月を掛け同じ物を作り出す技術は本物と言って可笑しくないと思っています。
20.3.15〜イタリア 137926

20.3.15〜イタリア 136526

ミケランジェロ広場を見た後ドゥオモを観光しますが、ここから見えるクーポラ(丸屋根)の全景を近くに行って見ることは不可能でしたので、ここで写真を撮影して良かったと思っています。
広場からの写真により、ドゥオモやヴェッキオ橋、ヴェッキオ宮、サンタ・クローチェ教会等、街全体の位置関係が理解できます。
私は以前も書きましたが、歩く時は方向感覚を研ぎ澄まし現在位置を掌握し、またこの場所に戻って来れるよう意識しています。
この為、我々はフィレンツェの駅近くで違法にバスから下車し、ドゥオモを見学し、シニョーリア広場・ヴェッキオ宮を見て、警戒厳重なウフィツィ美術館を鑑賞し、サンタ・クローチェ教会を見て、その近くのレストランで夕食をとった事を覚えており、今ならバスを下車した場所からレストランまで1人で歩いて行ける自信があります。
20.3.15〜イタリア 08733

20.3.15〜イタリア 136126

下の写真のように糸杉があると中世ヨーロッパの雰囲気が出ていますね。
勿論、糸杉がある場所の近くは墓地であるようですが?
20.3.15〜イタリア 135526





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  1. 2008/05/16(金) 23:41:33|
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ホテルの風呂場とビデ

20.3.15〜イタリア 26222

20.3.15〜イタリア 23622

イタリア旅行のホテルの風呂とトイレで驚いた事はビデが大きくトイレと同じ大きさがありました。
また、イタリア人は日本人のように風呂に入らずシャワーを使用するため、日本人が大勢宿泊し風呂を一斉に使用するとお湯が出なくなるそうで、我々は部屋に入ると真先に風呂にお湯を張りました。
ここで困った事は、お湯を排水しようと風呂の栓を抜こうとしましたが、栓には紐がなく水圧で全く抜けず、考えてコインを使い外す事に成功しました。
下の写真がその時の栓ですが大きく平らで、爪で引き抜く事しか出来ませんでしたがびくともしませんでした。

20.3.15〜イタリア 26422

20.3.15〜イタリア 26822

我々は利用しませんでしたが、ビデの上にあるタオルはそれ専用で添乗員さんから後で顔などを拭いてはどうもねーと話がありました。
私は知らずに手を拭いてしまいましたが?
20.3.15〜イタリア 23122

20.3.15〜イタリア 23022

下の写真にある上から下に垂れ下がっている黒い紐は「非常呼び出し用で」決して引かないようにとの事です。
左側にあるタオルを置く棚の下の白い格子が何の目的にあるのか分りませんでしたが、管が暖かく妻は洗濯を干す乾燥機だと理解し、我々のスーツケースが見付からない間、洗濯物を干したりしたようです。但し夜中は冷たくなったようですが?

20.3.15〜イタリア 27122



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  1. 2008/05/14(水) 19:06:22|
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ピサの斜塔を登る。

20.3.15〜イタリア 122526

20.3.15〜イタリア 133126

同僚からイタリア旅行ではピサの斜塔だけは必ず登った方が良いと言われていた為、添乗員からピサの斜塔へ登る人の希望取り始め我々は躊躇なく申し込みました。
斜塔へ登るのは30分で30名位の人数に限定されており、そこで前回書いたように添乗員さんが走ってチケットを獲得してくれた訳です。
チケットは15ユーロ2400円でしたがその金額に倍する感動を得る事が出来ました。
ドゥオーモ ・洗礼堂を先に見学した後、登る前に斜塔とドゥオーモの間を通ってつきあたりにある黄色いオフィスのとなりで手荷物などをロッカーに預けます。
ここに兵隊のような厳しい係員がいて、一組づつ手荷物を入れるコインロッカーのような場所へ案内し、係員が鍵を開け荷物を入れると係員が扉を閉めて、チケットの裏側にロッカーの番号を記入してくれます。見学を終わって手荷物を貰いに来る時も全て係員が厳重に立会いました。
係員は一人きりなので並んで待ち時間が掛かりますが登る人数が限定されている為間に合うようです。
20.3.15〜イタリア 132126

20.3.15〜イタリア 126926

このピサの斜塔は円筒形の8階建てで、階段は296段あり高さは55m円筒形の外径は約20m、内径は約4.5mだそうです。
添乗員さんから階段を登る時に斜めになっている為、平衡感覚が可笑しくなると言われていましたが、意外とスムースに登る事が出来ました。
途中で外が見える窓があり、その場所で外の景色を見て感動しながら登った為、歩くのが大の苦手な私でも8階を登りきったような感じはしませんでした。
階段の大理石も人間の靴で徐々に削られ、自然に平行に近づいているように見えました。
20.3.15〜イタリア 120226

20.3.15〜イタリア 128326


私は高所恐怖症ですが、最上部の旗が立っている場所まで上がっても鉄のしっかりとした柵があり怖さはありませんでした。
但し、我々と一緒に登られたある奥様は、内階段から出て最上部の1階したにある鐘が沢山吊り下げられている場所に出た途端、下が斜めになっている事と風の強さに恐れをなし腰を抜かすように登って来た内階段で降りてしまいました。

20.3.15〜イタリア 131726

20.3.15〜イタリア 130526

説明によると、ピサの斜塔 (Torre di Pisa)は、イタリアのピサ市にあるピサ大聖堂の鐘楼で、1173年8月9日の着工時には垂直でありましたが、13世紀には傾いていることが発覚しました。
高さは地上55m、階段は297段あり、重量は14,453t、地盤にかかる平均応力は50.7tf/m2と見積もられ、現在の傾斜角は約3.97度で、傾斜の進行は止まっているそうです。
長らく世界中で最も傾斜している建物と認識されていましたが、ギネスブックは15世紀に建造されたドイツ北西部エムデンの付近にある教会の尖塔の方が傾斜していると判定し、2009年のギネスブックからはピサの斜塔に代わって掲載される予定であるそうです。

20.3.15〜イタリア 130026

20.3.15〜イタリア 129626

斜塔の上から見る明るい茶色の屋根の家と緑の織り成す光景が素晴らしく、本当に登って良かったと、アドバイスをくれた同僚に感謝しました。
20.3.15〜イタリア 128926

20.3.15〜イタリア 132226

隣にある大聖堂は上から見るとドームを中心に十字に見え、その向こうには緑の芝に浮き立つ洗礼堂が見えました。
また、大聖堂の右側にはアーチの連続する回廊付の美しい中庭を持つ墓所が見えます。
その外側を城壁が囲んでおり、上から見るとこの寺院のスケールの大きさに驚きました。

20.3.15〜イタリア 131226


20.3.15〜イタリア 133026


20.3.15〜イタリア 130226

20.3.15〜イタリア 130726

20.3.15〜イタリア 131126

20.3.15〜イタリア 1336新



20.3.15〜イタリア 129426




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  1. 2008/05/12(月) 18:10:48|
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